彷徨う

樋口尋一は、独り風間村を抜け出し、杏を連れ去った鳶加藤を探しに出た。

─俺に付いていた中忍は、「上忍の前衛門と一緒に行動しろ」と言っていたが、それまで待てない。一刻も早く杏を見つけ出すんだ。

尋一は、昨日の朝、この風間村を風魔一党二百人と出陣した。その日の夜、江戸城まで着いたが、踵を返し、また翌日の朝、この風間村に戻って来たのである。

その行き帰りの行軍では、四時間の休憩しか取っていなかった。もちろん、睡眠もほとんど取っていない。それは、一緒に戻ってきた前衛門以下三組六十人の忍者たちも同じであったが、他の忍者たちは、幾多の戦場を乗り越え、積んでいる経験量が尋一とは違う。

経験を積んだ忍者たちは、長丁場の任務に対して、どこで手を抜き(休み)どこで集中するのかを知っていた。

尋一は、今回の行軍が初めてであり、野外の恐ろしさや力の出し入れのコツについて、まだ何の知識もない。

そんな未経験の尋一が、独りで野山を駆け回ることは、危険な行為であった。山を越える時に危険なことは、道迷いやケガ、急病である。特に道迷いは、経験豊富な者でも起こす可能性が高い。

四代目頭目は、その危険性を感じていたから、経験豊富な上忍の前衛門にその身柄を預けたのだが、前衛門の楽天的で自信家な性格が裏目に出てしまった。

風間村を独り飛び出し、尋一は北に向かっていた。午前中、日が出ているが、十一月末の足柄の山々は、冷え込んでいた。日が当たらない大地に降りた霜柱を、ざくざくと踏みわける。

─俺にはわかるんだ。鳶加藤は、前から北に行きたいと話していた。奴は、こんなちっぽけな忍者の里で暮らすよりも、一角の武将に仕えて、戦で手柄を立て出世したいと常々言っていた。そして、出世して、大名に頼られるような武将になりたいとも言っていた。

この戦国の中で今、伸びそうな大名は、越後の上杉謙信(名前を謙信で統一)だと言っていた。奴は、北の越後に向かい上杉家に仕官するつもりなんだ。それにしても何故、杏を連れ去ったのか? 前から杏のことが好きだったのか? 杏を守れなかった。クソッ。