その日、僕はちっとも寝つけなかった。僕と同じ投げ方をするすごい人がいる。あんな球はどうやったら投げられるんだろう。球を上手に取る小柄な人もいた。球を遠くに飛ばせる人もいた。僕もあんな風になりたい。あんな所で野球をしてみたい。そう、僕はよく晴れた夏休みの日に、野球に出会ったんだ。そして、その日のうちに僕は、野球とビッグ・キャッツと夏田に恋をした。

その夏休みは、あっという間に終わってしまった。僕は朝早く起きると、牛乳を飲み、プロ野球の選手が書いた優れた解説書を小脇に抱え、いつもの壁に向かい合う。

僕は自分の将来の姿を想像しながら、アナウンサーの口まねをする。

「薄日差す、甲子園のマウンド上に、蜷木投手が上がりました。午後六時のプレイ・ボール。さあ、蜷木投手、大きく振りかぶって第一球を投げました。ストレート。外角いっぱいに決まって、ストライク・ワン!」

壁に向かってボールを投げつけると、僕はプロ野球選手になれる。初めにボールを投げた時より、ずいぶん上手くなっていると思う。解説書を繰り返し読むことで、フォームも意識するようになった。

弘田さんがいる時は、キャッチボールをする。お昼には、まゆみさんがバターと蜂蜜をたっぷりかけてあるホットケーキをたくさん作ってくれるんだ。午後は家の中でバットを振ったり、天井に向かってカーブの投げ方を練習したよ。

何度も何度も繰り返し読んだ野球の解説書は、もう手放せなくて、ぼろぼろになってしまった。夕方になれば、コロと名づけた黒犬と一緒に走ったり、ナイターを見たり、ラジオの野球放送を聞いた。野球に出会ってから、一日一日があっという間に終わってしまう。

ビッグ・キャッツやキングス、そしてフェニックス。強いチームのラインナップは全部覚えてしまった。体が弱くて細くて、風邪ばかりひいていた僕だけど、その夏休みの間は、一度も寝込んだりしなかった。

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