第一章 プレイ・ボール

漫画や子ども向け小説を読んでいたから、野球は知っていた。でも、野球の道具を手に取ってみたのは、生まれて初めてだったのさ。僕は、思わずグローブを自分の手にはめてみた。

でも僕は左利きだったから、右利きグローブは当然しっくりこなかった。

「あった!」

たくさんのグローブの中から、左利き用を見つけ出した僕は、見よう見まねで、そのグローブにボールをたたきつけてみた。すると、パチッ、ピシッとすごくよい音がした。

なぜ、この音はこんなに魅力的に聞こえるんだろう。

僕は気づくと、グローブを持って壁の前に立っていた。そして、思い切り、ボールを壁に向かって投げてみたんだ。恐ろしくつたない投げ方だったろうけど、僕は何だかとってもうきうきしたんだ。

その日、僕は夢中になって投げ続けた。ポン、ポン、と壁から音がするので、まゆみさんが慌てて家から出てきた。

まゆみさんは僕の姿を見ると、黙って帽子をかぶせてくれた。お昼ご飯の時間が過ぎ、午後の日差しに気温はますます上がっていったけど、僕は何も気づかずボールを投げ続けた。

ずいぶん時間が過ぎたみたいだ。投げ疲れた僕がようやく家に入り、まゆみさんの作ってくれたおにぎりを夢中でほおばっていると、急にまゆみさんが言ったんだ。

「坊ちゃんが、ご自分から何かをやるのは初めてじゃないですか」

塩のきいたおにぎりはとてもおいしかった。水をごくごく飲んで、僕は四つめのおにぎりを手に取った。まゆみさんは、自分に言い聞かせるように、ゆっくりと優しくつぶやいた。

「よいことですよ。ご自分のやりたいことをするのが、一番ですよ」

日頃僕は、まゆみさんとまともに話をしたことがなかった。何だか気恥ずかしくなり生返事をして、僕はシャワールームに向かった。ようやく汗を流し、部屋に戻って横になると、気づいたらもう夜になっていた。寝ちゃったんだな。

食事の用意はしてあった。でも家の中には誰もいない。しんと静まり返った中でテレビをつけてみると、野球のナイターが始まっていた。

今まではナイターなんて興味がなかった。でも今日は違う。僕がさっき投げていたボール。そのボールを、僕と同じ左利きの人が、しなやかにキャッチャーのミットめがけて正確に投げ込んでいるんだ。

その人は大きく、体から自信がみなぎっている。その人のすごさはテレビ越しでもわかった。縦縞の服を着たその人が放ったボールは、すごく速くて、まるで意思を持つかのように、バットをすり抜けていく。

「いやあ、今日のピッチングは素晴らしい。これで七回を終わって三振が十二です。今日は打てませんよ」

「これではキングスも手も足も出ませんね。後はビッグ・キャッツが一点取れば、それで終わりでしょう」

僕は必死でアナウンスの声を聞いていた。左利きの投手の名前が、とっても知りたかった。コマーシャルが終わって、その人がピッチャーズ・マウンドに上がってゆく。そこで僕は彼の名前を知った。その背中には《NATSUDA28》と書かれていた。