高杉から執拗に繰り返される質問に閉口しながら、

「稲門の同窓生として森永首相を経済界から支え、来るべきブロード・バンド社会への期待を提言されたと聞いております」

と、青山議員からあたかも質問されたかのように装い、井田社長の持論を高杉に返した。

「実は、君が会社に戻る直前に青山から直接電話をもらってね」

「そうですか」

「君も知っているように私と青山は同期入社でね。彼は、入社後しばらくして父親の秘書となってから国会議員になったわけだ」

「そのことは承知していますが」

「だから、君の前では青山先生でなく、青山とあえて呼ばせてもらうよ」

青山議員と親しい間柄であることを暗に渉太郎に匂わせた。渉太郎はその辺の事情もよく理解した上で応答していた。秘書室内では常に慇懃無礼な高杉も、今日はことさらそのような雰囲気を漂わせた。

「これから、何かあればなんでも相談に乗らせてもらうよ」

と、高杉から激励とも受け取れる言葉を送られて渉太郎は戸惑った。高杉の話しぶりから、すでに青山議員から渉太郎の動静が伝わっていると察知した。

二〇〇〇年十一月十日、大神会長から国際電話が入った。七日に実施されたアメリカ大統領選挙で民主党候補者のアル・ゴアと共和党のジョージ・W・ブッシュの票が確定していなかった。理由はフロリダ州の開票結果が裁判で争われることになり、新大統領が決定しないため急遽帰国することになったのである。

新大統領となる人物に、日本企業の会長が真っ先に表敬訪問する計画は、いったんストップすることになったので、今後のスケジュールを打ち合わせるための連絡であった。

大神会長は芸術家出身の異能の経営者として知られていた。技術的な深い知識と芸術家特有の感性から醸し出される才能によって、創業社長の秘蔵っ子として入社することになった。

系列のレコード会社を数年で業界トップにのし上げた実績により、有力な社長候補として俄かに躍り出た。そして、技術畑出身の岩下社長の急逝により、創業社長の実弟とのトップ人事に世間の耳目を集める中、雀の千声鶴の一声、創業社長の深慮有る一言で社長に就任した。

【前回の記事を読む】オフィスに入った一本の電話。国会議員から来た連絡は渉太郎の所属を確認するもので…