第一話  ジュピターと不思議の剣

(その一)

しばらくしてはっとして目が覚めた。外は既にかなり明るくなっている。

「そうだ自分達にはやらねばならぬことがある」そう思って寝床から起き上がった。二人はまだ眠りについたままでいる。

ユージンが起き上がると、部屋の隅にいたジュピターも気配を察したのか起き上がり、身体をひと振りし伸ばした後、尾を振って駆け寄ってきた。ジュピターはユージンの目をまじまじと見つめたまま彼が動くのを待った。

ジュピターはハスキー犬に似ているが「ホウレン種」という特殊で神秘的な犬だ。精悍な表情と青く輝く鋭い目をもつ雌犬だ。頭が良く、飼い主の言葉を正確に理解し、感情の起伏を敏感に察することができる。

ユージンがまだ三歳だった頃、父が隣国の武官で親友だという人物からもらってきた。ユージンの遊び相手に与えた子犬だった。子犬と彼はいつも一緒に時間を過ごし、野を駆け山を駆けて、育ってきた。

そのかわいい子犬が大きくなり、彼も今は精悍な若者になった。いつのまにか遊び仲間から主従のような不思議な一体感を育んできた。

ユージンは今十七歳、ジュピターは十四歳になる。犬年齢からすると、すでにかなり歳をとっている犬だが、奥深い森林の中で野生犬として生息するホウレン種は成長速度が人間の二倍程度と一般の犬と比べると遅く、他の種とはまったく異なる不思議な血統と生態を持っている。

ジュピターは人間でいえば二十歳前後ということになる。子犬のタイガーとフレイジャーはともにジュピターの子。雄犬で、歳はどちらも二歳になる双子犬だ。

タイガーとフレイジャーの父親は、天竺からやって来たという同じくホウレン種の雄犬だ。天竺の修行僧が飼っていた犬で、その修行僧と犬が標高四千メートルの青蔵高原にあるチュサンという村を訪れた時、修行僧は旅の疲れで病に倒れてしまった。

しばらくチュサンの寺院で身を癒したが修行僧は帰らぬ人となった。そのとき、村の寺院を訪れていたユージンの父親にその修行僧が犬を託したと母から聞かされていた。その犬とジュピターの間に授かったのがタイガーとフレイジャーだ。

しかし、ある不思議な出来事が夜起こった。その犬は天空に飼い主であった修行僧の姿を見たかのように泣き叫び続けた後、大きな雷音とともに虹化したと思うと、一瞬赤い旋光となって地上から消えてしまった。

その光景をジュピターもはっきりと見ていたらしい。この出来事があってからジュピターも天空の一点を何度も仰ぐことがあったと母は語っていた。ジュピターの瞳の奥には何が映っていたのであろうか。時々ジュピターの目をのぞき込んで、ユージンはそう思った。