「白石先生がこの前話してくれた平家物語、面白かったです。この本、家に帰ってもずっと読んでて、ラストまでもうすぐです。次は、源頼朝の方ですよね」

「それは早い。なら源平合戦の、扇のくだりまでいきましたね。戦いの中にも雅やかな空気が流れていたでしょう。それは平家が武士であり、公家でもあったからなんですよ。平家の者の中にはお歯黒をして鎧兜を身に付けて、歌を詠む若武者もいました」

急にいきいきとし始めた白石先生はいつもの聞き心地の良い声で、幾百年前の武人たちのドラマへと再び僕を誘っていった。

吹奏楽部から漏れる楽器の音や、屋内練習で走る陸上部員の床とゴムが擦れて鳴る靴の音や、鐘の音や、そういった放課後の校内に響く音と、白石先生の声。

僕はここにいる時だけ、まるで自分が、この学校とは全く関係のない部外者になったような気になる。それは例えて言うなら、深海の底にある小さな名もない岩になったような気分。そんな異空間のような時の流れに、僕は浸っていた。

野球部の部員たちが今日もグラウンドで練習をしている。

歩きながら、いつものように僕はフェンス越しにだいちゃんの姿を探した。人一倍大きな体格をしただいちゃんは、どこにいてもすぐに見つけられる。

クラスは別々になったけれど、だいちゃんとは小学校の時からの仲だった。中学にあがってからだいちゃんは野球部に、僕は陸上部に入部した。ただ平部員の僕とは違って、入部した時からだいちゃんは顧問の平良先生に特別に目をかけてもらっていて、だいちゃんもそれに応えようと人の何倍も練習を重ねていた。

だいちゃんが僕から遠く離れていくようで、ほんの小さな寂しさを感じるのは、どう説明したらいいだろう。何の取り柄もない自分と無意識に比較しているのか、だからそんな言いようのない居心地の悪さから白石先生のいる静の世界に逃げ込んでいるのか……僕は自分でもわからなかった。

「まことー!」

下校時間をとうに過ぎてひとりで歩く僕の姿は目立ったのか、遠くにいたはずのだいちゃんが大きな声で僕を呼びながら、走ったと思ったらもう僕の前まで来ていた。

「もう帰んのか?」

陸上部ももちろんまだ自主練の途中で、だからそう聞いてきただいちゃんに部活をさぼったとも言いづらくて、まあね、と曖昧に返事をした僕に、

「明日、部活休むから一緒に帰ろう」

と、意外なことを言ってきた。