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リセット

翌朝早く、僕は洗面所で夏みかんの皮をひとつひとつ丹念に洗い、朝食をすませたあと、病室で食べた。ひとつ食べるたびにむいた皮をコンビニの袋に入れていく。ふたつ食べたあたりからしんどくなり、亀ヶ谷さんにも手伝ってもらった。看護師にも協力してもらおうとしたが、これは断られた。

結局、別の病室の患者にも協力してもらい、その日の午前中に六個すべてをたいらげ、皮を回収すると、斉藤さんに頼んでベランダに日干しさせてもらった。

数日後、亀ヶ谷さんはショルダーバッグを松葉杖に引っかけて病室に入ってきた。彼はバッグの中から大きなジャムの空き瓶をいくつか取りだすと、乾燥させた夏みかんの皮を中に詰めていった。透明な空き瓶が皮で一杯になると、次に九百ミリリットルの紙パックを取りだした。

「それは?」

「ホワイトリカーだよ」

「日本酒ですか?」

「焼酎。リモネンは、アルコールに溶かすと抽出できる」

「それをどうするんですか?」

亀ヶ谷さんは、僕の見ている前で、夏みかんの皮がぎっちり詰まった瓶にホワイトリカーを注いでいった。透明な液体が皮の隙間をぬうように瓶の底へと流れていき、はたして液体はオレンジ色に染まった。

「いいかい。この状態で三週間置いておく。三週間経ったら、皮はすべて投げるんだ」

「投げる?」

「ごめんごめん。こっちでは、捨てることを投げるって言うんだよ」

「なるほど。それで完成ですね」

「いや、さらに一、二か月冷蔵庫に置く。それで完成」

「これを使えば、きっとフサフサに……。なんだかワクワクします!」

「ほんとうにやるのかい?」

亀ヶ谷さんは、僕の顔を見ながら言った。

「毛が生えてくるまでは、長い道のりだよ」