【前回の記事を読む】埼玉を抜け…東京を抜け…鎌倉を抜け…由比ヶ浜へと辿り着く

エスケープ

「今日はそらちゃんだけの日だよ」

そう言って笑ったママちゃんの顔を今でも覚えている。三十歳を超えたころ、私は仕事で失敗し精神的にバランスを崩した。友人知人は潮を引くようにサーッと私の周りから去っていった。東京での一人暮らしを続けられず、埼玉の実家に帰ってきた。実家は経済的に厳しく、ママちゃんはパートを二つ掛け持って休みなく働いていた。

大変だったと思う。けれどその時の私はママちゃんがどれほど大変だったか、どれほど疲れていたか想像もしなかった。それほど自分のことで頭がいっぱいだった。私はただ部屋にこもっていた。そんなある日、ママちゃんが部屋に来てこう言った。

「Dランドに行こう」

ママちゃんはチケットを二枚ひらひらさせた。別に行きたくなかった。すべてを拒否していた。笑うことさえも忘れていた。でも断るにはママちゃんの笑顔が明るすぎた。気持ちは沈んだまま、私はママちゃんとDランドに向かった。夢の国で気が晴れるほど私の心は軽くなかった。しかし今でも覚えているのは、夕方、最後に言ったママちゃんの言葉だ。

「今日はそらちゃんだけのための日だから、何時まで遊んでいてもいいんだよ」

「そらちゃんだけのための日」その言葉と笑顔を今でも忘れない。多分、一生忘れない。なぜならその数か月後、ママちゃんはくも膜下出血で倒れたからだ。