あの日、郁子が亜希子の心に見つけたぽっかりと開いた穴は、未だに塞がってはいなかった。その穴が纏う狂気同様に、亜希子自身もまた、未だに正気ではないのかもしれない。

十数年経つというのにその思いをぬぐえずにいる郁子は、まるで癒えることを知らないかのようなその心の穴と対峙していた。それはかつて亜希子の宝物だったのだ。それがここまで節くれだって醜い塊となってしまったのは、何故なのだろうか。同じ痛みを知る郁子は、その感情のなれの果てが何なのか解る気がしていた。

けれども、解ったところで、一体何ができるというのだろうか。人より聡いと言ってみたところで、それを解決するための力も同じく併せ持っていなければ何の役にも立たないというものだ。この聡さは郁子自身が逃げる場所すらも、奪うものだった。気が付けば郁子は色が変わるほどに、自分の唇を噛みしめていた。

「私は仕事が恋人だから、結婚なんてどうでもいいの……」

そう言ってしばらく目を伏せていた亜希子は、向かい合った郁子の肩をいきなり掴むと、ニッと笑いながらあっかんべーをしてきた。

「何よー! お姉ちゃんだって、べーだ!」

もどかしさと申訳なさの狭間で、慌てるように郁子もあっかんべーをし返した。結局、それは姉亜希子の配慮だったのだ。この『あっかんべー』は、幼い頃から二人で培った『もうこの話は止めよう』という、休戦の合図だった。

郁子は亜希子からのこの休戦協定を一旦は呑んだものの、どうしても納得のいかない何かを感じていた。この話題はこのまま終わらせてしまっても、本当にいいのだろうか。

郁子が実家を出てから、八年の月日が経っていた。亜希子が一向にあの家を出ないことに、郁子は心底驚いていた。

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