【前回の記事を読む】「これじゃアフリカのまじないだ」ママちゃんなりの不思議なお片付け

エスケープ

駅のホームから見上げた空は、思った以上に青かった。ちょっと驚きだ。十二月上旬の外気といえばもっと寒いのかと思い、私は出かける前にインナーを二枚重ねで着てきた。コートも一番厚いダウンコートを羽織った。しかし天気は晴れ。そして暖かかった。

行く場所は特に決めていなかったが、駅の路線図を見て鎌倉にした。漠然と思っただけだが埼玉県民の私にとって砂浜のある海といえば鎌倉くらいしか思いつかなかった。

切符を買い、グリーン券も買った。通勤の人たちに紛れて満員電車で東京方面に行く気がしなかったからだ。グリーン券は千円だった。

ママちゃんとは何度か旅行をしたことがある。ママちゃんとの旅行は、行くと決めた時からはじまる。それが二か月前でも三か月前でも。毎日のように、何時に出るの? 荷物準備しよう、と大はしゃぎだ。

それどころか夜中に「明日帰るんだよね」ともう旅行先にいる気になっていることさえある。そして幸せそうに眠る。要するに旅行はママちゃんにとって記憶しておくべき好きなことの一つなのだ。そんなに楽しみにしてくれるのならば、多少大変でも連れて行ってあげたいと思ってしまう。

けれどいざ当日になると旅行を後悔する程疲れる。

何が大変なのかというと、ママちゃんは夜、ホテルで寝ないのだ。つまり私も眠れないのだ。大体一泊で行くのだが、初日はまだ観光ができる。もちろん七十歳過ぎのママちゃんに合わせた観光だ。しかし、夜になるとママちゃんが興奮して寝なくなる。一晩中ホテルの室内を歩き回るのだ。そして「そらちゃん、テレビつけて」などと私を揺り起こしたりする。寝られたものじゃない。

死んだふりをして(寝たふりではなく死んだふりだ)過ごすが、朝四時には諦めて起きる。だから二日目は二人とも疲れ切っている。観光どころではない。それでもなぜ行くのか。あんな幸せそうなママちゃんを見ることができるからだ。行く前からがママちゃんの旅行なのだ。