第三章 亡くしたもの

郁子は、再びの妊娠が怖かった。確かに子どもは好きだし、早くに授かりたくはあった。けれども、まだ流産による一時入院から退院してきたばかりで、気持ちの整理もついてはいなかった。そこに来て午後になり押し掛けてきた姉の亜希子が持出したのが、従わなければ妊娠を望んでいることすら嘘であると咎められそうな話題だった。

亜希子は妊娠するには、今こそ絶好のタイミングだと説明した。それは再度の妊娠を望む場合、WHOがいう半年を待つ必要もなく、むしろ流産してすぐの今の方が着床率や無事に育つ確率までもが上がるというものだった。

「郁ちゃん、頑張れそう?」

亜希子は自分が郁子と春彦を引き合わせたことに、ある種の責任を感じているのだろう。郁子が春彦と結婚してもう八年も経つというのに、何かあれば郁子の面倒をみたがるのだった。

「退院して来たの昨日だよ! もっと楽しい話がしたいよ」

亜希子は暗に郁子にもう心配ないと、伝えたかっただけなのかもしれない。けれども郁子は素気無く、こう言うしかなかった。亜希子が身に纏っているものが、重く冷たくのしかかってくるように感じられてならなかったからだった。

姉の亜希子は姉妹がまだ子どもであった頃から、誰にも話さずに自分一人で解決しようとするところがあった。まだ幼かった郁子はそんな姉の力になりたいのに、ずっと歯がゆい思いをしてきた。

「そんなこと言う前に、またお見合い蹴ったんでしょう?」

思わずそう口を滑らせてしまった郁子だったが、それは後の祭りだった。母佐知子は六つ年上の姉亜希子が、まだ独身でいるのを憂えていた。隙あらば機会あればと見合いの席を用意しても、亜希子は一向になびこうともしなかった。そんな亜希子も、あと数年で四十歳になろうとしていた。母佐知子も大概にして欲しいものだと、郁子は思うのだった。

しかし、それ以上に不思議なのが、律儀にその席に顔だけは出す亜希子のことだった。それは亜希子の自由だから郁子には何も言えない。

とはいえ、亜希子が嫌な思いをする度に、郁子までもが気分を悪くするのだから堪ったものではなかった。しかも性質が悪いのが、本人にその自覚がないことだ。

けれども、そんなことよりもどうにかしなければならないのは、亜希子の感情を余りにも敏感に受け取ってしまう郁子自身のことだった。