精神的いのちの創生

1 創られてゆくいのち

創られてゆくいのちとは、生まれてのちの育ちや学びによって新しく培われていく(創生されていく)後天的素養としての精神的いのちのことです。人間以外の生きものの大方は、生来(生まれつき)の資質だけで生涯を全うしていきます。しかし人間の場合は違います。人間はどの生きものよりも無能な状態で生まれてきますが、生まれてのちの育ちや学びの次第で計り知れない精神的な能力を発揮できる生きものです。これが、「人間は精神的生き物である」といわれる所以です。

人間社会において、人間個々の精神的いのちが正しく整えられていない場合、個々人が必死に頑張れば頑張るほど世の中は乱れていきます。多数決も意味を成さないし、民主主義も危ういものになっていきます。わたしたち精神的生きものが、本当の信じ合い支え合いの社会生活を進めていくためには、どうしても一人一人の精神的いのちが「在るべき姿(当為の姿)」に向けて整えられていることが求められてきます。この後天的に創られてゆく精神的いのちをどう創生していくか(新しく整えていくか)ということこそが、人類に課せられた最重要課題であり、本稿のメインテーマでもあるのです。

「人間の<心/脳>システムは、現在知られている使われ方と根本的に異なった、より広範な機能を果たすべく設計されている。人間の遺伝子の中には、創造力に満ちた驚くべき可能性が組み込まれ、開化の時を待っている。心の内に眠る可能性は奇跡的としかいいようがない。そしてわれわれは、この可能性を表現したいという原衝動を持ってこの世に生をうけるのである」(ジョセフ・C・ピアス著、吉福伸逸監訳、高橋ゆり子・菅靖彦訳『マジカル・チャイルド育児法』日本教文社 1984)。

ジョセフ・C・ピアスが述べているように、人間はこの「心/脳」の内に宿る奇跡的な可能性としての「精神的いのち」を、大自然の設えた方向に開示していきたいという原衝動を秘め持って生まれてきているのです。でもそこには目に見える設計図はありません。設計図は大自然“Mother Nature”の生み成した秘蔵の宝物です。人間だけが授かった精神的いのちは、40億年もの長い年月をかけて大自然“Mother Nature”が生み成した可能性としての秘められた宝物だということです。

わたしたちは、その大自然“Mother Nature”が設えた目に見えない「精神的いのちの設計図」を大自然“Mother Nature”の意図に沿うべく開示していくと同時に、新しく生まれてくる子供たちの秘め持つ可能性としての「精神的いのちの設計図」をも、正しい方向に仕向けていかなければならない義務があります。正しく導き出すということは、育てる側の「手近なご都合主義」に陥ることなく、育つ側の立場に立ってどう育てるべきかをしっかりと見極めていくということです。