【前回の記事を読む】アベノミクスの実体とは一体…「消費税引き上げ」の背景とその対策って

第一章 日本経済の分析

アベノミクスの成果

では、アベノミクスの経済的成果は、実際どの程度あったのでしょうか? 結論からいえば経済成長に関しては、GDPの伸び率や毎年の日本を訪れる外国人観光客の増加数から見ても、ある程度効果があった事は確かです。しかし、成果があったとはいっても、実際財政再建に必要な2.0%の経済成長には至っておらず、またコロナ禍によって東京五輪の商業的成果も失敗に終わってしまいました。

特に問題なのが、この経済効果が東京五輪までの限定的なもので、その後、持続的に日本経済の成長を促すものかどうかは、いまだに疑問視されている点です。

[図表1]訪日外国人旅行者数・出国日本人数の数位

実際の数値を検証しても、それがはっきりと数字に出ています。第二次安倍政権が誕生した二〇一二年から二〇一九年(コロナ禍発生以前までの実績)までの八年間のGDPの構成比率の推移を検証してみても、輸出の増加による製造業と高齢化による介護事業以外でハッキリ伸びたといえる業種は、五輪関連にまつわる業種しかありませんでした。

反対に大幅に落ち込んだ卸売・小売業や教育、それ以外の業種からすれば、この八年間は全く世間の景気の良さを、実感する事はありませんでした。

問題は、もしこの東京五輪自体が、日本で開催予定がなかったと仮定した場合、五輪によって伸びた産業……、不動産、金融、建築等の産業も小売や教育産業同様、本来は経済的には低迷していたのではないかと推測される点です。

[図表2]GDPの業種別構成比の比較(安倍政権時)単位:10億円

しかしそれでは、アベノミクスは何の成果もあげていないのか? と問われれば、決してそうともいえません。

彼のあげた最大の成果としてまず上げられるのは、リーマン・ショックの影響から日本経済を救った事だといえるでしょう。安倍政権の発足当初、リーマン・ショックによって日本の製造業は危機的状況にありましたが、このアメリカを震源地にしたバブル崩壊を、安倍政権と日銀の黒田東彦総裁は異次元の金融緩和と財政出動を行う事で、見事に立て直してみせたのです。

その時行った日銀の超低金利政策は、二〇一二年十二月末に一ドル79.7円まで高騰していた為替を、一年後には97.5円にまで引き下げ、日経平均株価も一万三百九十五円だったものが、一万六千二百九十一円(「世界経済のネタ帳」より)にまで回復する事に成功しています。

しかも、日銀によるこの長期金利の引き下げは、年間に支払う国債の金利負担を抑制する事にもつながり、財政的にもプラスに作用したのです。これらは、それまでの民主党政権時代の経済、及び、為替政策の無策ぶりとは大きく異なり、この功績によって安倍政権が異例の長期政権にもつながりました。

ただし、この対応に関しても全てにおいて百点満点というわけではなく、後にそれなりの問題も残ってしまいました。なぜなら、日銀の黒田総裁が、就任当初に2%のインフレ目標という大風呂敷を広げてしまったからです。このおかげで、日銀は長年超低金利政策を続けざるを得ず、この超低金利政策のせいで、コロナ禍がおこった際に日銀は、これ以上金利を下げる事ができなくなりました。日銀は、いざという時に使う切り札を、一つ失ってしまったのです。

とはいえ、とにもかくにも彼の行ったこの二つの実績については、それまでの民主党政権時代の国家運営とは明らかに違っていましたが、肝心の少子化対策についてはかけ声だけで、ろくな実績を上げる事もなく終わってしまいました。

この問題の詳しい検証は第三章で行いますが、少子化の根本原因は非正規雇用の増加と、サラリーマンの平均年収の低迷にあります。しかし彼の行った対策の中心は、待機児童対策など子育て支援がその中心でした。

しかし国立社会保障・人口問題研究所の調べでは、二〇一五年の段階で一般的な家庭における平均的な子供の数は1.94人(完結出生児数)であるのに対し、男性の生涯未婚率は23.4%にまで高まっています。

一体何が原因で出生率が低下しているのか、この数字だけを見ても一目瞭然ではないでしょうか。その証拠に、彼の行った少子化対策は、今現在までその成果をあげているとは、とてもいえない状態です。このため、政府の財政問題についてもいまだ解決するメドが立ってはいないのです。そして、何よりもアベノミクスには、一番肝心な事が欠落していました。