第1章 左乳房 ~33歳、乳がんになりました~

底が見えたら上がっておいで

日常が戻ってくると気持ちはどん底に沈んだ。病院では周りが皆、病人である。しかし、一歩病院を出ると周りは健康な人ばかりで、自分だけが手も上がらずに不自由で横向きで寝ることもできない。何をするにも痛くて、どんどん気持ちが沈んでいった。ホームドクターでもある友人のT看護師に相談をした。

「そんな時にはこれだ」とCD(イルカの表紙でα波の出る癒しの音楽)を手渡された。おまけの言葉は「気持ちが落ちたら、どん底まで行ってきなさい。底が見えたら上がってくればいいから」。T看護師は自身の「人生最大のピンチ話」をサラリと話してくれた。

「人の気持ちは落ちることがある。とことん落ちる」

「うん」

「どこまでも落ちるけど、底が必ずあるから、どん底まで行って」

「うん」

「底が見えたら上がっておいで」

「分かった」

なるほど「気持ちは落ちたら、上がればいいのか」。言葉にすると簡単に聞こえる。実体験をもとにした話は説得力があり、見通しを持つことで少し前向きになった。定期受診をすると主治医は私の腕が上がらないことに気落ちしているのが分かったのか整体を勧めてくれた。

「腕はリハビリしなくていいから、ここに行ってきな。普通は院内のリハビリを勧めるんだけど、ここがいいよ。自分も疲れると施術してもらってるんだよ」

とゴッドハンドの先生を紹介してくれた。医者が太鼓判を押すのならばと早速行ってみた。そこの柔道整復師は痛いところには一切触れず、辛いこともせずにちょいちょいと足腰あたりをさする施術で、肩の高さまでしか上がらない腕はビヨ~~ンと万歳をするように上がったのだ。それ以来ギックリ腰でも膝を痛めても、いつでも何でもお世話になっている。生涯のかかりつけ医だ。

腕も確かだが施術しながらの話し方にも治療感がある。トークの基本がすべて前向きで気持ちから治してくれる。人の気持ちは浮き沈みするが、時間が解決したり簡単な見通しが持てると安心感につながる。こうして手術の日から約2か月で職場復帰し、「元の生活に戻る」目標をクリアした。

自分が乳がんになってから、同じ病気の相談をされる。そんな時はまず話をじっくりと聞く。不安な気持ちを受け止めて質問に答える。まだ確かに乳がんと分からず心配をしている人には「そんな簡単にガンにはならないから検査をして」と話す。

「ガンだとしても今の医学は進歩しているし、色んな手立てがあるからね」

医者や病院を聞かれたり紹介することがあるが、必ずひと言添える。

「私は良いと思うけど、医者は人によって合う合わないがあるからね」

自分の納得のいく病院、医者に相談をすることが基本だ。私が思うに名医とはどれだけ有名かより、どれだけ経験しているかだと思う。私の主治医は手術の当日の朝、ベッドの横に来て「何回もやっている手術だからね」とささやいた。その言葉は私にとって、とてつもなく大きな安心につながった。