二十九

沢辺と一度だけデパートの屋上に登ったことがあった。駅と一体型になっていて、乗り換えのついでに、この街が一望できるから、いかないかと修作から誘った。沢辺は気乗りしなさそうについてくる。何も買わず、店を覗くこともなく、ただただエレベーターに乗り屋上に向かっていく二人だった。

屋上の遊具で遊ぶ子らを横目にしながら、あんな頃に戻りたいよ、と修作が嘆くように声に出す。沢辺は、フン、と舌うちのように応じた。へりへと歩んでいく。二人してたたずみ、眼下に広がる街を見渡した。

「っな! スカッとしていいだろ」

修作がそう言い

「ときどきいやなことがあった日なんか、よくここにきて、ただ街を見るんだ。この街にもいろんな人間がさまざまな事情を抱えて暮らしていると思うと、自分だけが悩んでるんじゃない、という気持ちになって、また明日からやっていこうとなるんだ」

そこまで話して、いいことを言ったつもりでいる修作を、退屈でありきたりなことしか言わない奴だと言わんばかりに、ひとつ生欠伸をして、つづけざまに

「バカは高いところに登りたがるっていうからな、相変わらず思慮が足りないよ、それでお前の根本が解決でもしたのか、なんも変わってないじゃん、その時だけだ、いつものお前さ、ったく、だから思慮があさいっつうーの!! 死ね、バカ!!」

と吐き捨てるように言った。沢辺の言質に修作は一瞬、えっ、なんて? もう一度言ってくれ、と思った。いやいや、オレ、高所恐怖症だよ、それを無理してでも登ってくるんだ、気持ちを切り替えにな、と言いかけたが、やめた。

そして、沢辺はもしかしたら美大も受からずとっくに才能がないと答えがでて、わかっているのにもかかわらず、美術にしがみつき続ける修作を、心のどこかでずっと見下してきたのではないか、と修作は感じて、その後には会話は途絶えたきり、気まずい沈黙の時間だけが過ぎて、遊具で遊ぶ子らの無邪気な声と街に蠢く音が沢辺と修作の間を通り抜けていくばかりだった。