第二章

二

ホテルのフロントの若い女性は、一人はインド人、一人はネパール人だと思えた。二人とも知的な美人である。今日はいい日だ。平屋の建物の長い廊下を回って、中田は自分に当てられた部屋に入った。日系のホテルだとは思っていたが、全く純日本式の作りで、部屋は6畳の和室であった。建具は障子で、浴槽は肩までゆっくり浸かる深さがある。

和食の食事が終わって部屋に戻ると、寝具が敷かれてあった。日本の布団であり日本の枕である。机に仏教伝道協会の『和英対照仏教聖典』が入っていた。

眠りに落ちて……どういうわけか、中田は昔の職場で自分の机を捜していた。自分の席には見知らぬ人がいて、どこにも中田の席は見当たらない。……夢だったのだ。もう関わりのない昔の職場の夢など、ルンビニーまで来て何故突然見たのか、全く分からないのだが、事実なのである。

中田はいつか眠っていたが、ふっと、眠りから覚めた。と、「なんみょーほーれんげーきょー」という声が聞こえてきた。それと共に、ドーン、ドーン、ドーン、という太鼓の音がしている。声は、正確に、力強く、中田には心地よく響いてきた。プロだ、と咄嗟に思った。僧侶の声と太鼓の音は次第に小さくなっていって、数分と経たないうちに消えていった。時計を見たら4時30分であった。

うつらうつらしていると、再び「なんみょーほーれんげーきょー」という声と太鼓の音が小さく聞こえだした。中田は起きて障子を開け、庭の外を見た。近くの道を3人の僧侶が一列になって左から右へ足速に通り過ぎていった。先頭の僧侶が太鼓を叩いていた。

5時55分、夜明けの気配であった。中田はそのままホテルの庭を眺めていた。ふっと、目の前で、庭を照らしていた螢光灯が一齊に消えた。いつか朝なのである。緑の庭は静かで喧噪とは無縁であった。目の前右に、別の平屋の建物が見え、広い庭は右に広がっている。