序章

私は慢性疲労症候群の科学的な名称は筋肉・脳脊髄炎だと説明した。

「向神経性の物質で活性化されたウイルス」が「中枢神経系に深刻な反応」を起こしかねないって? 

恐怖のSF映画の筋書きのように聞こえる。しかしこれはWHOでなされた講演内容なのだ。

「これが本当に起こったことなのか?」

とケントは私に聞いた。

「ウイルス培養のために動物の細胞を使うことで、結果として動物から別のウイルスをピックアップして、ワクチンとして人間に注入したのだろうか?」

私はそれはいい質問だとしか答えられなかった。科学の定説では人間に感染するウイルスは異なる動物、例えばネズミ、ウサギ、犬、猿などの細胞で培養しても通常より弱い病原性を持つウイルスになると言われていると思った。しかし他の動物のウイルスがそのワクチンなどの培養物に乗り込んでくるかという疑問については明確な答えはなかった。

私は長年の共同研究者であり、私のメンターでもあるフランク・ルセッティ博士にこの問題をどう考えるか聞いてみた。彼は彼自身若い研究者だった頃に同じ疑問を持ったが、人間の免疫システムは優秀にできているので、動物のウイルスがワクチンに入り込んでくることはないと言われたと答えてくれた。

彼はまた数年年上のジョン・コフィン教授から物知り顔の兄貴づらで

「ヒトウイルスなんか研究するな。そんなの存在しないんだから」

と言われたようだ。

フランクは彼の反応を見て

「それっておかしい」

とまず感じたと言った。最初からジョン・コフィンは見当外れなことばかりにとらわれ、とんでもないアドバイスをしてくる。私もコフィンと意見を闘わせているし、フランクの意見に同調している。

フランクはその後初めて知られるようになった病原性ヒトレトロウイルスHTLV-1(ヒト細胞白血病ウイルス1型)をロバート・ギャロ、バーニー・ポイズらとの共同で発見し、ヒトレトロウイルスという研究分野が生まれた。世の中のどうしようもないエンジニアと同じで、コフィンは「しばしば間違ったが、決して疑問に思うことはない」男だった。