児童たちの仁義

西暦二〇二X年。

ある町で、おそろしい伝染病が発生しました。

幸運風邪という、子供しかかからぬ奇病です。なんだか景気のよさそうな名前ですが、侮ってはいけません。頭痛・鼻水・めまいの諸症状に、厄介な咳が伴います。通常「ケホッ! コホッ!」と咳きこむのに対し、幸運風邪では「ウンコ! ウンコ!」と、糞便名を連呼。いたいけな少年少女を、恥辱の深淵に突き落とします。

今回ご紹介するのは、唾棄すべき難病にかかった、一人の少女のお話。

少女の名は、埒賀(らちが)あかね。曙小学校に通う、花も恥じらう乙女です。

「ウンコ! ウンコ!」

起床早々、彼女は己の悲運を呪いました。巷で話題の幸運風邪に、自ら感染しようとは。

低俗を敬愛する男子生徒なら、お笑いに変換できましょうが、品行方正な美少女となると話は別です。それまで培ってきたイメージが一瞬にして崩れ、筆致に耐えぬ蔑称で呼ばれるようになるのです。

ベッドの上で悶絶していますと、お母さんが「早く学校へ行きなさい!」と叱りにきました。娘は事情を説明し「私、ウンコ! 学校へ行く位なら、ウンコウンコ! ベロ噛んで死んじゃうから!!」と、断固登校を拒否。

「大丈夫、新しい遊びだと思えば」

「アンタ鬼か!? ウンコ~!!」

必死の抵抗むなしく、あかねは家を追い出されました。

登校中、彼女は言い知れぬ不安にかられました。道行く人々が自分を指差し、物笑いの種にするのではないかと。他人との接触を避けるべく、変装用の帽子を目深にかぶり、足を早めます。

校門を潜り、教室へ向かう間、あかねは一縷の希望にすがりました。

《もしかしたら、私の他に、幸運風邪にかかった子がいるかもしれない》

悩みを共有できれば、少しは気が晴れます。呼吸を整え、教室のドアを……オープン!

南無三! クラスメートは揃いも揃って元気溌剌!! 糞便はおろか、咳の一つも出してやしません。

あかねは席に着くなり机に突っ伏し、嗚咽交じりに「ウンコ!」を漏らしました。

シンと静まる教室。学園のアイドルが惜しげもなく汚言を唱えるのに、一同驚きを隠せません。もう彼女の居場所は、どこにも——

「おはようあかね、チンコ!」

「早く治るといいな。シッコ!」

事情を察した級友たちが、口々に卑語を連発。モラルやマナーより大切なものを、彼らは知っていました。子供の世界の仁と義を。