【前回の記事を読む】「今日は縁日ね」居酒屋の女将は不愛想な客と連れだって…

未来の船

あごの下まで布団を引き上げてじっと目をつぶっていた。もうずいぶん時間が過ぎた気がする。由布子の寝つきの悪いのはいつものことだ。と、その時カタカタカタとかすかな音が聞こえた。初めは頭の中で鳴っているような気がしたが、それは枕の下から来る音だと分かった。じっとしていると、ふと消えた。

隣の部屋で母の気配がして、ああ母さんも寝るのだなと思っているうちに、眠りに引き込まれていった。翌朝、母に音のことを話した。

「列車の通る音でしょ」

母の美智子はこともなく言った。列車の通る土手は、歩いたらここから三十分はかかる。そんな遠くの音が聞こえるだろうか。

「遠いのに?」

「夜中は静かだから地面を伝わってくるんじゃないかしら」

その日、由布子は教室の窓から土手に続く木立を眺め、夜中に列車の音が地面を波のように這ってくるのを想像した。帰宅すると父がいた。由布子にとっては、いつも父さんの帰りは突然だ。

「おかえり! 父さん」

「おお、ただいま、由布子、元気にしてたか」

「父さん、列車に乗ってきたの?」

「うん、列車に乗ってきたよ」

「私ね、父さんが乗った列車の音を聞いたよ」

「どこで?」

「昨日の夜、枕の下からカタカタカタって」

「ほお、そうか、この辺りは静かだから聞こえるかもしれんなあ」

孝介は縁先からずっと広がってゆく深い緑の山々に目をやった。