李徳裕が一際(ひときわ)、間口の広い店の前で、軒先に並べられた羊毛の緞帳を見ていると

「これは、これは李家の若君」

と、黒い巻毛と長い鬚で顔が覆われ、でっぷりと太った胡商がもみ手をしながら近づいてきた。身分を隠し市に来たのに、この胡商、どうして儂を知っている? 李徳裕は胡商に警戒の目を向けた。

「以前、お屋敷へ絨毯をお届けした際、お目に掛かったのをお忘れになられたのですか」

髭の胡商は作り笑いを浮かべながら、無遠慮に横に立った。

「覚えないが……」

「その時は、遠くからお顔を拝見しただけ、ご挨拶していませんので無理からぬことかと思います」

そうだったかと一応、納得の笑みを返した。

「何か珍しい物はないか」

話題を逸らし、油断ならぬ男と思いながら、探るように胡商を見た。

「よくぞ仰って下さいました。こちらに西域からの象牙細工、玻璃(はり)の珍品が揃えてあります」

と、正面奥の棚を指差した。李徳裕は薦められるまま棚に並んだ品々を一瞥したが、興味を覚える物もない様子で店を出ようとした。

「若君のお気に召す物はありませんか」

慌てた胡商は棚の上の玻璃の盃を手に取り李徳裕の胸元に差し出した。

「このような透明な輝きの玻璃は滅多に手に入りません。如何でしょうか」

と、李徳裕の顔色を(うかが)っていた。だが、李徳裕は盃を一瞥しただけ、さして関心を示さない。

「そうでした。そうでした。三日前、西域から良質の葡萄酒が入ったのを忘れていました。お屋敷に連絡しようと思っていたところでした」

と、言いながら胡商は李徳裕を盗み見た。

「西域の葡萄酒が入ったのか」

「はい、色鮮やかな甘い香りの葡萄酒です。滅多に手に入らない極上の品です!」

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