第一章 記憶の始まり

私の記憶の始まり、

それは思い出と言うより、

時間の経過があいまいなぼんやりとした

断片的な絵が浮かんで見えるのです。

山あいののどかな一本道の陽だまりの中で、

私は一人伸びやかにスキップをしています。

その不安を知らない幼い足取りが、

この後に待ち受けている

波瀾万丈とも言える人生をたどった私の

生きる力の原点なのかも知れません。

♢五歳のおつかい

目を閉じると目の前にそれはそれは高く見上げる程の山があり、そのふもとにポツンと一軒家があります。めったに訪問者などの無い、「昔むかしある所に……」と始まる語り口調にぴったりの、電気も水道も無い人里離れた、まるで『昔ばなし』に出て来るような山奥です。

それは、栃木県旧烏山町(現那須烏山市)に程近い旧芳賀郡須藤村(現茂木町)と言う私の生まれた所です。

父が鉱山業でしたので、鉱石を掘り出す山のそばに住んでいました。その山奥の豊かな自然の中で、五歳になる私は友達もなく、一人で好きな遊びに明け暮れる毎日でした。

家の近くには、鉱石を掘り出す坑道が、何本も暗い大きな口を開けていました。そっと覗くと明かりを取るカンテラが、数メートル置きにポツンポツンと揺れながら下がっています。

薄暗い坑道に恐る恐る入ってみると、奥に進むにつれますます暗くなります。夏でもひんやりとして頭の上に冷たいしずくが「ポタン……ポタン」と音を立てて落ちてくる、少しスリルのある遊び場でした。

山からは沢を伝ってチョロチョロと流れ落ちてくる清水が、家の横にある大きな岩のくぼみに溜まります。何故山の上からこんな綺麗な美味しい水が、途切れることなく流れてくるのか五歳の私にはとても不思議でした。

その水に夏はトマトやキュウリや西瓜が冷やしてあり、プカプカ浮かんでいました。

その野菜は、家の横に広がる畑からのもので、母が育てている野菜です。トウモロコシの葉がガサガサと揺れる迷路のような中を走り回り、トマトやキュウリなどをもぎ取ってきては冷たい水に冷やします。

私はそのトマトの丸かじりがとても好きでした。かぶり付いた時の「シャリ」っとした歯ごたえと、何とも言いようの無いあの独特の青臭い香りが、今でもふっと鼻の奥に甦ってきます。

また、お風呂の焚き口で焼いた栗も嬉しいおやつでした。栗の皮の一部を歯で食い取り火の中に投げ込みます。しばらくするとボン・ボンと音を立てて弾けるのです。それを風呂焚きをしている兄が、灰と共に掻き出してくれるのです。皮が渋皮と一緒にクルリと外れ、実がホクホクとして口の中で崩れる柔らかさでした。