【前回の記事を読む】【小説】もう二度と会えないとしても、僕はただ祈り続けるしかない

第一 雑歌の章その一 

(かささぎ)の橋

彼の携帯には【Uru】という女性歌手のファーストアルバム『モノクローム』がダウンロードされているが、再生するのは五曲だけに限られている。昨日聞いた雨の日限定の『The last rain』、今日選んだ『アリアケノツキ』。他には『ホントは、ね』『フリージア』『奇蹟』で彼女が残してくれた大切な想い出の五曲。

ホームを歩きながら、さっきまで聞いていた曲の言葉が頭から離れない。その歌詞の通り、僕は君に問いかけ続けている。いまどこにいるのか、この心の声が聞こえるのか、どこかで自分を見ているのかと、何度も何度も……繰り返し。

君の名前がこの街のどこかにないかと僕は探してしまう。気づけば常に君を求めている。(いと)おしい姿を、澄んで響く声の調べを、鮮やかな彩りのまなざしを、君の残した道標(みちしるべ)が何処かにないかと探し続ける。僕はそれを求めて歩いてゆく……どこまでも。いるはずのない君が何処かにいることを願って、この歩く道が君に続いていると信じて――。

()き隠れてしまった彼女を探し求めて彼の心は明らかにい辿(たど)※1っていた。うだるような蒸し暑さの中、帰りの坂道を行く前に冷たい飲み物で喉を潤したくなり、自宅とは反対方向にあるコンビニに足は向かう。その隣にあるフラワーショップの暖かな照明は僕にため息をもたらす。色の欠けた心にポッと小さな明かりが灯り、心の重さが少しだけ和らいだ気がする。

僕の腕時計の針は午後八時少し前を指していた。その日は七月七日でフラワーショップの店先にある七夕飾りの短冊がおいでおいでと自分を誘ってひらひらとたなびいている。笹飾りに引き寄せられて歩いていくとその店の中から突然一人の女性が自分の視界を遮り、「あっ」と言葉が零れるや否や、僕の鼓動と呼吸はそこで断ち切られ金縛りに合ったように体の自由はきかなくなる。

長い時間それが続いていると思えたが、外に出ていた花を中に運び込む女性の姿を自分の目はしっかりと追い続けている。やがて店の中に女性が隠れると体の拘束は解け、再び心臓から肺に血液が届くと息が吸えるようになり、その勢いで閉店前の店に僕は飛び込んでいた。


※1 い辿るとは、とぼとぼと探し尋ね行くこと。