さて、これから、どうしたら、いいの、ワタシ。

「ステレオのトリオが午後二時をお報せします」

FMラジオが教えてくれた。「トリオ」というステレオメーカーの名に智洋は覚えがなかった。FM東京っていってたけど、TOKYOFMのことかな……よくあることよね、会社の名前とは違うって。NHKだって本当は日本放送協会だったかしら。あれも、生駒さんに訊かれて答えられなかった、あのひと、何でも知っている……。

客が二人、続けて帰った。残ったのは中年の男性。煙草を喫う習慣がないようで、智洋は安堵した。

いや、そんなことで安心している場合ではないのだ……行くあてのないワタシ、今夜はどうしたらいいのか。マン喫とかネットカフェなんか、あるわけがない。ホテルか……ホテルに泊まるしか、ないわよね。

智洋は紙袋の中身を詳しく点検してみようと思った。マスターの視線が気になった。いや、わたしのことなんか注意しているはずがない……。それでも、智洋は、こっそり袋の中を覗き込んだ。

お金は正確には幾らあるのだろうか。小銭入れを再確認。百円玉は三十枚あった。十円玉はちょうど十枚。三千百円。コーヒー代には十分。食事も可能だ。牛丼屋はないだろうけど。でも、ホテル代には足りる、かな……。

考えた。だが、考えるためのデータがない。このころの宿泊代の標準、知らない。最低でもいくら必要なのか、わからない。物価が二倍なら、五千円が二千五百円の価値、足りないかも。もし、三倍なら……。

昼食は食べ損ねた。食欲はない。でも、いずれは……。

ホテル代がもし二千円程度なら、コーヒー代と食事代とで、何とかなるけれど、だとしても、それは今夜だけの話。明日のためのお金はない。いやいや、明日だけではないのだ、たぶん。明後日も明々後日も、おそらく、必要になる。三千円持っていることはラッキーではあるが、問題の解決には結びつかない。絶望的だわ、ワタシ……。

金勘定に嫌気がさした。自棄(やけ)になった。二杯目のコーヒーを頼もうと思った。こうなったら百円や二百円の違いなんて、生駒さんの得意のセリフによれば、誤差の範囲内よ。

「すみません、モカ、ください」

明日のことなんか考えても仕方ない。今夜の宿のことすら不確かなのに。そもそも、このお金だって、自分のではない。マダムのもの。それを、黙って使う。そりゃ、どうやって許可をもらうのかって話だけど……。

でも、あなたに渡すもの、という言い方していたなぁ、ということは? いや、お金をもらう理由がない、それも小銭。そりゃ、小銭のやり取りがマダムと知り合うきっかけになったけど……。

うん、このあと、すぐに元の世界へと戻れたら、三千円くらい返します、ソッコーで。だけど、戻れるアテなど、何にもない。あそこへ戻れば? だけど、タイムスリップって、そんな、いつでもって、二十四時間対応ってわけじゃないわよね。このお金、だったら、有効利用させてもらうしかないじゃない……。

そんなことより、今夜の宿よ、とりあえずは。まず、そこを何とかしなきゃ……。

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