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店を出て、和人先輩は病院に車を走らせた。

「親父に、頼まれごとされててさ」

先輩の父親は、八重の森病院の医師だと、聞いたことがあった。病院の駐車場に着くと、「すぐ済むから、車で待っといてくれ」とエントランスに向かって歩いて行った。

車の中で携帯をいじったりエントランスを行き交う人をただ何となく眺めていたら、ジャージ姿の小林が大きな袋を抱えて入って行った。

「あいつ、部活も来ていないのにジャージ姿でこんなところに来て、何してんだ?」

考えに耽っていると、ふいに先輩が助手席側の窓をトントンとノックしてきた。ビックリして窓を開けると、

「小林も大変だよな。母親が癌で入院してんだよ。もう一か月になるかな。ああやって、着るものを届けたり小学生の弟の面倒見たりしてんだよ」

病院の中へ吸い込まれて行く小林を見届けたあとも先輩は、小林の今の様子を話してくれた。だけど僕は、先輩の話を上の空で聞いていた。僕の頭の中で、あの日の出来事が何度も何度もリプレイされていた。

「俺の気持ちを分かろうとか、そんな気持ちはないのかよ」

何度も繰り返される小林の言葉。あれは、小林の心の叫びだった。

「小林さ、親に心配掛けたくないからって、部活も行っていることになっているんだよ。本当は、病院近くの公園で自主練しているんだけどな」

知らなかった、何も。僕が見ていたのは、サッカーボールを楽しく追い掛ける小林の姿。でも、小林には小林の、他の一面もあって当然なのだ。そんなことを逡巡しているうちに、五分ほど経っただろうか。実際はもっと短かったかもしれない。しばらく動かなかった僕は、「僕、小林に謝ってきます」と、勢いに任せて助手席のドアを開けようとした。しかし、それを先輩が止めた。

「今行ったら、小林が必死こいて母親についた嘘が、バレてしまうだろう。『嘘でした』と本当のことを話せるのは、本人じゃなきゃだめなんだ。だから、お前は、今はそっとしといてやれよ」

先輩は、運転席に戻りエンジンを掛けた。

「今は、そっとしといてやれよ。さあ、星を見に行くぞ!」

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