ポルシェ911カレラは鎌倉街道から甲州街道に入った。夜の九時を過ぎれば上り車線には少しずつ余裕が出てくる。ポルシェは混み合う下り車線を横目に、抑制の利いたエグゾーストノイズを発しながら快適に新宿に向け走っている。

「がっかりだな。てっきり素敵なところに連れてってくれると思ったのに」

左沢から今夜の目的を聞いて、弥生は助手席で口を(とが)らせた。

「これが片付いたらどこにでも連れてってやるよ」

左沢は、前方を見つめたまま、幼児をあやすような口調で言った。

左沢は多門との電話のあと、周平と親交のあった三人に電話を入れた。三人とも、周平の自殺を信じられない、滝山みどりなんて名前すら聞いたことがない、と口をそろえた。コンビニの古参の女性店員にいたっては、周平には付き合っている女性はいなかったはずだ、女のカンで断言できる、心中だなんて晴天の霹靂(へきれき)よりありえないことよ、とダメを押してきた。

ただ、講習会で一緒だった前原宏作から、福島を飛び出して中野本町の運送会社に就職するまでの周平の行動について重要な情報を得ることができた。周平はこの間、歌舞伎町のホストクラブで働いていたというのだ。

「プログラマーからエッセイスト、そして今度は探偵か。ほんとに左沢さんってすごいマルチ人間ね」

「冷やかしはやめろ、ふたりも死んでいるんだぞ」

左沢の叱声に弥生は首をすくめた。

【前回の記事を読む】青年が「東日本原発」の正社員から退職した理由とは?