その時、担任の伊藤愛理先生が教室に入ってきた。伊藤先生は国語の担当でもあり、次の授業が国語だった。クラスの中の緊張した雰囲気を察知した伊藤先生が、

「みんなどうしたの。男子と女子が睨み合っているみたいだけど」と言うと、

「何でもありません。エンピツのちょっとした紛失があったけど、見つかりました」と健一君がすかさず弁明した。

クラス担任の伊藤先生もクラスの中で数人の男子が女生徒に悪ふざけしたり、心無いあだ名を付けたりしていることに気付いていたが、大事になる程ではなかろうと思って放っておいた。

暫くは何も起きなかったが、六月に入って暑くなったある日、木村美恵ちゃんが一時間目ぎりぎりに登校してきて、机を開けた途端、

「ギャー」と叫んで、机の蓋をバタンと閉じて泣き出した。美恵ちゃんの隣に座っていた美和ちゃんが、

「美恵ちゃん、どうしたの。何があったの。どうしたの」

と聞いても、美恵ちゃんは泣くばかりだった。

美恵ちゃんの後ろの席に座っていたエリと美和ちゃんとが美恵ちゃんの机の蓋をあけると、そこには、

『もぐらの好物』と大きく書かれた用紙の上に、干からびた太いミミズが二匹置かれていた。

「ひどい。誰の仕業」

美和ちゃんが大きな声で叫んだ。エリが教室の中を見渡すと、いつもの悪ガキ三人組だけでなく、数人の男子たちがニヤニヤして見ていたのである。おそらく三人のうちの誰かの仕業に違いないが、問い詰めて白状するような正直者ではない。

「何これ、ミミズじゃないの。かわいそうに干からびてしまって。昔から干からびたミミズは解熱に効く漢方薬だと言うわ。確か地竜という名前の漢方薬だったと思うわ。誰か熱でも出しているのかな」

エリはそう言って、二匹のミミズを掴んで、男子生徒たちに見せてから、置いてあった紙に丁寧にくるんで、自分のスカートのポケットに入れた。エリにとっては、動物も虫も生きている物は全て神の賜物であり、怖いとか恐ろしいとか汚いとか、そういう気持ちにはならないのである。このミミズは、家に帰ってから、庭の隅の土の中に埋めてやるつもりである。

美恵ちゃんは、エリの元気な発言を聞き、エリが平然とミミズを掴んでポケットにしまうところを見たら、少々のことで泣き出した自分が恥ずかしくなって、逆に「ウフフフ」と思わず笑ってしまった。ニタニタしていた男子生徒たちは、いじめたつもりの美恵ちゃんが笑い出したので、つまらなさそうな顔で無関心を装った。

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