――六年後。

わたしはベランダに出て、穏やかな日差しを浴びた。なんてすがすがしい朝だろう。

軽く深呼吸し、見下ろす。うん、大丈夫だ。今日も怖くはない。あの忌まわしい出来事を忘れることはないけれど、心の片隅に置くことができている。

街路樹を見ると、優しいピンク色に染まっていた。生暖かい春の風に乗って、桜の香りが鼻をくすぐった。四月から大学生になる。目標だった都内の有名私立大学に合格したとき、言いようもない嬉しさが込み上げてきた。受験のための勉強というのが苦手だったからだ。

死ぬかと思った。というのは大袈裟かもしれないが、この六年間、それこそ死に物狂いで勉強に励んだ。すべては亡き姉美智留のために。

家の中に戻る。居間の隅には折り畳み式の小さな経机(きょうづくえ)があり、その上に姉の遺影が飾られている。わたしは遺影の前で正座すると、手を合わせ、静かに目を閉じ、黙祷(もくとう)を捧げた。ゆっくりとまぶたを開けた。

経机の引き出しを開け、姉の遺品を取り出す。赤い大学ノート。全体的にボロボロで使い古された感がある。わたしにとって形見ともいうべき大事な大事なノート。表面の下の方には【二年一組 伊藤(いとう)美智留】の文字。

わたしはしみじみとノートを見つめた後、口元を真っ直ぐに結ぶと、瞳の奥で小さな炎のようなものが燃えるのを感じるのだった。