鈍色の風の時代

「ごめんね」

二人はそろって、私の前で手を合わせた。あのときお洒落なカフェだ。すでに私たちは二年生になっていた。

「ふみにはあんなことを言ったけど、二人付き合うことになってさ」

すぐ目の前にいるのに、真美の声が遠くから聞える。純一は黙っている。

「ほんとにごめん。二人が付き合ったとしても、四人の友情は変わらないからね」

そうだろうか。私は以前と同じようにしていられるだろうか。いや、まったく同じようにはいかない。私はもう真美の下宿にも気軽に立ち寄れないなとぼんやり考えた。

「柊は? 柊はこのことを知っているの?」

「いや、まだ。柊にも言っておいたほうがいいよな」

あたりまえじゃん。つぶやきはちゃんと声になっただろうか。

「うん。四人は変わらないよ。おめでとう。純一くん、真美を泣かせないでね」

私は嘘つきだ。

「当然だろ。ふみにそんなことを言いわれるとはなあ。成長したじゃん」

やっと表情を崩し、照れたように純一は言葉を返した。注文したソーダ水が運ばれてきた。二人の前には、綺麗なトパーズ色のソーダ水が並んでいる。私の目の前のソーダ水はマスタード色だ。

二人といる時間がこれほど長く感じることが、今まであっただろうか。いつもは楽しくて時間の経つのが速くて。帰りたくなくて、真美の部屋に泊まることになる。そんな繰り返しの日々だった。

母親は真美に全幅の信頼を置いているらしく、「真美の家」は私が外泊を許される免罪符だった。その免罪符はどうなるのだろう。真美に「好きな人」を訊かれたとき、ちゃんと伝えていたら、真美は協力してくれただろう。しかし、純一の気持ちは、すでに真美にあったのかもしれない。

あの会話をしたとき、真美が私の気持ちに気づいていた。純一に私をアピールするつもりで話を何回かするうちに、逆に二人が急接近したのではないか。二人の性格を知っているからこそ、そのやりとりは容易に想像できた。純一はなぜ私ではなく、真美だったのだろう。

グラスの氷がカランと音を立てた。

「じゃあ、そろそろ行くわ」

頃合いを見計らって、やっと言い出すことができた。今日は引き止められない。いつもなら、「もうちょっといいじゃん」。と真美が言い、純一もそれに同意した。今日は「そう?」と真美が少しだけ安堵の表情を浮かべる。自然にふるまえていなかっただろうか。目の前のソーダ水は氷が溶けて、すっかり色が薄くなっていた。

外に出ると、暗くなり始めていた。逢魔が時。夕暮れ時をそう呼ぶそうだ。なぜか、その言葉が脳裏に浮かぶ。少し不吉なことが起きる予兆を感じさせる夕暮れ時の言い方だっけ……。

【前回の記事を読む】【小説】いつの間にか手が触れていて…気になる人といい雰囲気に