伏見は、谷山が運転する車の助手席で、今月の始め頃に情報屋から聞いた話を思い出していた。

『ここ最近、妙な行方不明事件が起きてる。それが、カシマさんの仕業だって噂がある』

カシマさんというのは、カシマレイコと呼ばれる、都市伝説のことである。客観的に見れば、それがどれだけ馬鹿げた話か、伏見も分かっていた。一般人がいうならともかく、刑事という立場の人間が真面目に考えることではないことも、分かっていた。

だが、“そっち”の人脈がある伏見には、ただの妄想では片付けられず、引っかかるものがあった。

「今回の不明者の名前は?」

窓を少し開けながら、伏見が言った。

「資料渡しましたよ」

「考えごとをしてた」

「じゃあこれから読めば……」

「固いこと言わずに話せよ」

「まったく……不明者の名前は、三輪葵、26歳。失踪したのは、一昨日の夜から昨日の朝までの間と考えられます。昨日の朝、始業時間になっても出勤してこなくて、連絡もなかったので、上司が携帯に電話しましたが、連絡がつかず。そのことを知った母親から連絡しても繋がらず、家に行ってみたけど、インターホンを押しても出てこない。しかたなく、管理会社に事情を説明して開けてもらったけど、家の中はもぬけの殻。外出したような様子もなく、バッグはクローゼットに、靴は玄関にあって、家の鍵は財布と一緒に棚の上に置いてあったことから、コンビニに買い物に出たとも考えにくい。おまけに、スマホもテーブルに置きっぱなし。その後、今に至るまで、目撃情報も一切なし、です」

資料を一切見ずに説明した谷山に、伏見は少し感心したが、顔には出さずに口を開いた。

「玄関の鍵もかかっていて、でも外出した形跡もなし。連絡もつかず……部屋から忽然と消えたように見えるってことか」

「そうなりますね」

「で、いま向かってるのは?」

「三輪葵の親友で、熊岡愛瞳という女性の家です。昨日の夜一緒に食事をする予定だったらしくて、一昨日の夜に、食事をしようというやり取りをしてます。しかし、当日になっても待ち合わせの場所に現れず、連絡も取れない三輪さんのことが気になって、三輪さんの両親にも聞いてみたようですが、行方は分からずで」

「つまり、失踪前の最後に連絡を取り合った人間ってことか」

「そうですね」


 

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