プロローグ 

その時階段を上がってくる母の足音がした。

「幸太おるんか?」

ノックもせずにドアを開けて入ってきた。幸太は横目でちらっと母を見たが、すぐ天井に視線をやった。

「まあ外は大きな音がしとるのに、窓を開けっ放してうるそうないんかね?」

そう言いながら窓を閉め、ベランダに向かった。どうやら洗濯物を取り込みにきたようだ。

これしかないか。じゃけどこれには協力者が必要じゃ。

次の日曜日の午後、幸太はふたりの親友を近所の喫茶店に呼び出した。幸太の家から歩いて四~五分の所に小さな公園があり、幼い頃友人たちと野球をして遊んでいた。公園は車道に面しているが、車の通行量はさほど多くない。車道を挟んだ向かい側にその喫茶店『越川』がある。

レンガ造りのその建物は赤茶けて古くなっているが、洋風で瀟洒(しょうしゃ)な趣があって、幼かった幸太にも斬新で一種の憧れ的な記憶として残っていた。大きな窓がふたつ並び、それぞれの窓には白い格子で仕切られた透明なガラスが九枚はめ込まれている。

その横に木製の入口があり、幸太はドアを押した。カラカラとドアに付けられた呼び鈴の音と、ローストされたコーヒーの濃密な深い香りがした。いつものことだが、この香りだけで心地良くなる。

幸太は窓側の奥のテーブルに向かった。