僕は二十四歳で、季節は春なのだ。店は人員の拡充で、新人が二人入ってきた。誰かと比べるから、自己嫌悪に陥るのだろう。

ある日、僕より一年近く遅れて入ってきた年下の男より、給料が二万円安いことを知った。悔しいというよりモヤモヤして、モヤモヤしたまま何日も過ごして、眠れぬ夜が続いたので、勤務中ぼうっとして発注ミスを起こしてしまった。経営者の店長に怒られて、嫌になってタガが外れてしまった。

次の日、僕は初めて、ズル休みをした。人間は一度タガが外れると、軌道修正するのに時間がかかる。

まだ若かったので、この頃は給料の金額にこだわったし、自分より経験の浅い人が高い給料を取ることが許せなかった。今思えば、家族経営の店舗などで働いていたから、些細なことでイライラしたのではないか、若いうちにもう少し条件のよい職場に変わることができたのではないか、という気がする。

狭い店内で、ギスギスした人間関係に嫌気が差していたことがわかったのだろう。よく店に来る近所の奥さんから、「よかったら、家の仕事を手伝わない? ここより高い給料を約束するわ」と誘われた。それが、なんでも便利センターだった。

初めは詐欺をやる会社だとは思っていなかった。もちろん、表立って会社ぐるみの詐欺をやるわけじゃない。表向きは看板どおり、なんでも屋だ。一般家庭に飛び込み営業して、仕事を取ってくる。裏の顔が相手の弱みにつけ込んだ、高額のサービスだった。

高齢者や未亡人の奥さん、奥さんに先立たれた男性は、話を聞いてあげるだけで、おもしろいほどお金を落としてくれた。一度成功体験を持つと、人間は歯止めが利かなくなる動物である。僕は普通になろうと意識した時期に彼女と出会い、一生頭から離れない言葉を言われた。

この言葉を逆手に取って、自分の特性にしてやろう。卑屈であるということは、強いのだ。へりくだりながらよく相手を観察して、ピンポイントで懐に入る。自分の特性を最大限に、活かす術を身につけた。身の上話も、かわいそうな僕を演出するのに役に立った。そのときの僕は、住まいも携帯電話も持っていなかったこれまでの境遇を完全に忘れて、慢心していた。

高齢者を相手にするときは、実際よりも自分を下に見せるほうが、プライドを満足させて相手がよい気持ちになる。相手に施しをしている気分にさせるのが、より大金を出させるコツなのだ。この会社での僕の売り上げは、ダントツだった。僕はいつの間にか、罪悪感が麻痺していた。

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