よかったら、お手伝いしますよ

もう七、八年、子どもたちの顔を見ていない。九年前、夫が突然倒れて見送って以来だ。

私はまだそれほどの年齢ではないし、普通に日常生活は送れている。子どもは二人ともそれぞれに所帯を持って、息子はローンを組んで地方都市に戸建てを買い、娘は都心にマンションを借りて、母親のことは頭の隅にもないようだった。

よくテレビで観るような、高齢者が巻き込まれる事件、そんなものに引っかからない自信があった。あれは認知症にかかった年寄りが、巻き込まれる事件だ。定年まで働いて、わずかばかりの退職金と、自分の年金、あと夫の遺族年金があったので、自分の老後の心配は、まったくしていなかった。

「夫に先立たれ、あとは大好きな温泉に年二回ぐらい行って、何年かに一度パックの海外旅行でもできれば上等だわ。私のような人生を、まあまあ幸せというのじゃないかしら」と自分に言い聞かせ、信じ込ませていた。

それはある年の九月の終わりのことだった。

大きな台風が上陸した。雨というより風で、庭の草花は軒並み、なぎ倒されていた。

私は朝から途方に暮れて、庭に立ち尽くしていた。そんな折、門のインターホンが鳴った。

庭にいた私と目が合ったのは、あまり背は高くないが好青年だった。薄い青色の上着の襟もとから白いTシャツが覗き、下は濃い紺色の作業ズボンを穿いていた。スーツでないところに、親近感が湧いた。まくられた上着から出た腕が、たくましい。中肉で、彼がすこぶる美青年でないところが、よけいに私を信用させる。要するに、私のタイプなのだ。

「よかったら、お手伝いしますよ」

彼は悪びれずにそう言った。私は彼があまりにも好青年で、それにそのときなぎ倒された草花の始末に困っていたのは本当だったので、深く考えずに門を開けてしまった。彼はそれが商売なのかボランティアなのかも告げずに、私が持っていたビニール紐を取り上げた。そして瞬く間に、庭でなぎ倒されていた草花をまとめて、

「はい、終わりましたよ。ほかにお困りのところはありませんか?」

とても手際がよかった。そして、彼の所作はとても自然に思えた。