次に目覚めた時、担当医が来たのだが、痣はない。

「痣はどうしたんですか?」

こんなに早く痣が消えたのが不思議で尋ねたが、彼はただ困っていた。

院長の話を聞いて危険を夫に知らせようと、新人の介護士に頼んだが、断られた。しかしその介護士は夫宛に手紙を書いて、私の家のポストに入れてくれたらしい。夜中に手紙を読んだ夫が病院の玄関に現れた。ICUに寝ている私が玄関に来た夫の姿をはっきりと認識できた。私を殺さなければ、孫に至るまで家族を皆殺しにするという話に夫は怯えている。そして長女も現れた。

「お母さんはどこよ」

夫の制止を振り切って私を探そうとするが、夫と共に監禁された。長女は携帯で警察を呼び、警官が来たが院長がごまかして帰してしまう。これが3回繰り返された。私はどうにかして連絡したいと思い、天井に向けて口パクで言ってみた。

すると天井にパソコンで打ち出すように文字が次々と現れた。私は長女と3回ほどメールのやり取りをする。この後次女が子供を連れてきて、彼女も孫も監禁された。

次に目を開けた時には、娘2人が何事もなかったように近づいてくるのが見えた。病室は急に明るくなって、空気まで違うと感じた。

「お母さん、調子はどう?」

なぜ平気な顔をしていられるのか訳がわからず、私は混乱した。そして彼女たちは院長先生に、そう言うように脅迫されているのだと自分を納得させた。

起きている時は天井から、常にラジオが流れるようになった。ということは、私はせん妄の中にいて起きてはいなかったのだ。院長と女性アナウンサーが話す声が絶えず天井の中から聞こえていて、流れる音楽は老人が窓から放り投げられた時に流れていた、薄気味悪い葬送の曲だった。

とうとう孫が誘拐され、娘が半狂乱になっていた。私のせいだ、私が死ねば孫も無事に帰ってくると、その時は思い込んだ。孫の母を呼ぶ叫び声が耳に響いた。どういう過程でそうなったか覚えていないが、娘の夫が助けに来ることになった。

やっと来た彼は車ごと病院に突っ込んだ。こうなると下手なハードボイルド小説のようで、どうしようもなく恥ずかしい。いったい私の頭の中は、どうなってしまったのだろう。

私は何度となく殺されかけた。登場人物が殺人鬼や怪物や恐竜だったら、幻覚かもと疑ったかもしれない。しかしすべての登場人物が、実際に毎日会っている看護師や医師たちなのだ。幻覚と現実の境界線が現れては消えていく中で、混乱から錯乱にまで至らなかったのは、幸運だったと思う。それからも幻覚と現実が交差しながら、進んでいった。