二年生の秋、日頃仲良くしている級友五人で放課後、歩いていくことになった。学校前のバス道を東に進み、白木町と朝日町の交差する角を右に曲がって朝日町を下ると、道の両側の商店は陸軍の連隊が甲府に設置されて以来発展した新興商店街として栄えていた。さらに下って中央線のガード下を潜って左に曲がると水門町の通りで、甲府駅と甲府連隊を結ぶ道である。

しかし、このT字路を曲がらずに、右に憲兵隊の建物を見て直進したところが穴切通りだ。

賢治たちは、普段歩くのには何でもないこの道を多少緊張気味で下っていった。五人とも、しもた屋や小商店が点在する、まっすぐ南に続く道の左右をキョロキョロ見ていたが、冗談のひとことも出ない。

しばらく行くと、大きな建物が整然と建ち並ぶ一角が右側に現れ、木戸が付いた門が見えた。その脇に立つ電信柱に「大門」という識別表が付いている。

「ここだ、ここだ」と下調べをしてきたらしい仲間の栄輔がノートの切れ端の鉛筆書きの地図を見ながら言った。

「遊郭街の入り口には大木戸があって、そこを潜ると遊郭街だそうだ」

確かに、門から続く道の先には、計画的に作られたと思われる街区がある。しかし朝日町を下った穴切通りから右折する四つ角はわかりにくい。

家が中巨摩で製糸会社を営んでいる栄輔が「工場の監督員をしている男をチョット『脅かして』書かせたのさ」と得意顔で地図が書かれた紙をヒラヒラさせた。賢治を始め四人が唖然としていると、

「この職長は以前からタチが悪いという噂があったんだ。好みの女工がいると目を付けて甘いことを言って言い寄り、思うようにならないと繰った糸玉の仕上げにケチ付けて出来高給を下げるというようないじめをする、ということを聞いたことがある。特に年端もいかぬ小娘が好みだと」

「そんな職長は辞めさせればいいじゃん」と酒屋の金丸。

「親父はそんなこと知ってか知らずか、ここんとこ生糸相場が落ち込んで、それどころじゃネーずら、いちんちじゅう渋い顔をしていらあ。俺は宿舎の裏の塀の陰で、俺より年下の、十二、三の歳の娘っこが泣いているのを見かけて何があったか聞いただけんど、泣いてばかりで何もいわん。ははあと合点した。あいつの仕業だなと。そこでその職長に、娘が泣いていたのを見たことは言わずに、最近女工の監督に何か問題があるんじゃないか? 親父には黙っていてやるとカマをかけた。そしたら、いつもは『坊ちゃん、坊ちゃん』と子ども扱いしているあの男が、ぜひご内密にだって。そこで、穴切の地図を書かせたんだ。『えー、坊ちゃんが穴切に行きなさるんで?』と目をシロクロさ。あいつ、常連らしくスラスラと書いてくれたぜ」

【前回の記事を読む】教師に進路希望を伝えると…「田舎教師に何がわかる」父激怒のワケ