上海輪舞曲

「元・陸軍上海報道部の将校 山梨の山中で夫婦心中か?」

神田神保町の書店街を歩いていた賢治は、書店の店頭に貼られた、朱筆で書かれた週刊誌の宣伝ビラに目が吸い寄せられた。出身地の山梨、戦時中の仕事で関係していた上海報道部という文字。

興味にかられて雑誌を手に取りページをめくると、〈「大変よっ、犬が人の首、食っている」隣家のみさちゃん(十四)が青くなって駆け込んできた〉という、むごたらしい衝撃的な文章で始まる記事だった。

事件が起きたのは、山梨県南巨摩郡西山村という、旅館などは一、二軒しかないが、古くから「湯治場」として長期滞在の自炊客を集める山中のひなびた温泉地だ。同所の木炭検査員が家を出ようとした朝八時ごろの出来事で、驚いてその娘に付いていくと、山犬が豚小屋の堆肥の中で、人間の首らしいものをしゃぶっていたというのである。

続いて、〈首は後頭部のところどころに三寸ぐらいの毛が生えているだけで、顔や首のあたりは、犬に食われて、ほとんど肉らしい肉は付いていなかった。早速、その首に繋がる胴体探しが始まったが、なかなか見つからなかった。やっと三日目の朝、部落用水池入口の松林に胴を麻ナワで松の幹に縛り付けた首なしの白骨死体を発見した。そこは早川の断崖の上で、普段は誰も足を踏み入れないところだった。

死体の周辺には黒革カバン、ハンドバッグがあり、その中には六通の遺書、睡眠薬、書類などがあった。遺書によって男は、東京都渋谷区代々木本町八三六、山家亨(五三)とわかった。麻ナワの一端が、近くの早川の崖っぷちの方に伸びているところから、遺書にある妻一枝(四四)は、睡眠薬を飲んだが、苦しくて身もだえし早川に落ちて、昨年十二月末、ここより約十里下流のところで発見された女の死体がそれにちがいないと推定された〉と書かれていた。

『週刊朝日』(一九五〇年二月二十六日号)それは、戦後の混乱がいくらか収まってきた昭和二十五年の早春の事件として、猟奇的な世間の耳目を集めるのに十分な記事であった。