桜色の風の時代

「ふみっていうの?」

隣の席に偶然座った女性は、私のノートに書かれた名前を見ながら、こう話しかけてきた。私はまだ、高校で使った十九行の罫線ノートを使っていた。

「私は真美。よろしくね。現役? 私ね、三浪なんだ」

えっ? 同級生だけど、三つ上? 大学にはなんといろんな人がいるのだろう。これまでの人生、教室の隅っこと家の中という狭い空間の中で生きてきた私にとって、彼女の経歴は興味深いものだった。でも、理由を訊ねていいのか。訊ねるとしたら、どんな言葉で訊けばいいのか。人と関わり合うときに考えすぎてしまうのが、私の悪い癖だ。躊躇っているうちに、真美は続けた。

「私ね、高校卒業後に一度、就職したんだ。でも、どうしても日本史が勉強したくなって。それで、親に頼んだけど……」

純一と似ている。こちらが相槌や質問を返さなくても、自分で話を組み立て、どんどん進めていく。言葉を返せない私に向かって、真美もそのうち、あのセリフを口にするのだろうか。

純一は教室にいた。同じ教養クラスだから当たり前か。

教授が入ってきた。白衣に厚い瓶底眼鏡の教授だった。ドイツ語の講義だ。

「続きはまたね」

いたずらっぽく笑って、真美は前に視線を向けた。大学に入って、初めての友達。窓の外で木々の葉を風が優しく揺らしていた。

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