じいさんが少し落ち着いてから聞いた。

「ところでこれはいったい何だったんだね」

「それはぼくにもよくわかりませんが、地縛霊のかなり強力なものだと思います」

一郎はたぐいまれな霊能者ではあったが、霊視ができるまでではなかったので、この悪霊がどういうものであるかはわからなかった。

昔函館山の裏側の海岸沿いに寒川という集落があった。明治十七年に入植が始まり、明治末から昭和初期にかけては六十人前後の集落だった。

寒川は富山県から渡った入植者が暮らしていた。小学校の分校や小さい神社もあって、人々は漁業を中心として日々の暮らしを営んでいた。しかし昭和二十九年の洞爺丸台風はこの寒川にも壊滅的な被害を与え、集落は廃村になった。

かつては寒川には海岸線沿いに到達するルートがあったが、現在は吊り橋なども落ちており、踏破することは非常に困難である。寒川の東側の立待岬は絶景スポットだが、実は地元では自殺の名所としても知られる。自殺者はほぼ地縛霊になる。この世の苦しみに耐えかねて自らその命を絶ったのに、死んでからもその苦しみは消えることはない。

また人がお参りに来なくなった霊格の高いとはいえない神社もまた、自らを求める人間を欲しているのである。

地縛霊が救いを求めてさまよっているときに、この神社を見つけた。当然霊は神に救いを求める。しかしその怨念を取り込み、地縛霊に力を貸すというのはもちろん神格の高い神のなすことではない。

このような悪霊に近い神の集合体が、畏れ多くも不動明王に太刀打ちできるわけはなかった。この者たちは自らの本当の棲家を見つけるために、あるいは成仏のまねごとをしたいがために、『花つつじ』の二人を追い出そうとしたものであった。

仮にも神と名の付く者が地縛霊を助けているため、直也の九字法など普通の除霊法は効果がなかったのだ。

この神と一体化した地縛霊(もはや悪霊軍団といってもいい)は、店を追い出されたあと、これからは立待岬の崖下を行ったり来たりして、地元住民や観光客など霊媒体質の人に取り憑いて自分たちの悲しみや苦しみを共有しようとするのだ。

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