気がついた。いや、失神していたというわけではない。智洋はそう思った。意識はずっとあったみたい……たぶんだけど。

目を開けた。地面が見えた。アスファルトの道路。紙袋もある。ふう~と息を長く吐いた。そのまま周囲を見回す。ふっと短く吐いた。見慣れた光景。安心しようと思った。

道、空、木々、自動車……! クルマがない。いま乗っていた、マダムのボルボが、ない。

智洋は思わず立ち上がった。遠くに一台、駐車しているのが見える、あれは、車種は知らないけど、国産の小型車か、軽だ、ボルボのシルエットではない、それくらいはわかる。だいいち、ボルボは、目の前になければならない……。

智洋は、もう一度、今度はゆっくりと、視線を廻らした。

違和感。よくわからないけど、何かが違う。明らかに違う。ボルボが見えないだけではない。いつもの景色、でも、違う。道路、青い空、ま、そんなに青くないけど……なんか、煙っているような。生い茂る木々……あれ、もっとあったはずなのに、なんか、少ないなあ……。それから、壁……うん? こんなに、この壁、存在をアピールしてたかな、ここにあるぞって感じではなかった……。

あっ、と智洋は声を出した。

ウチがない。ウチのマンションが、なくなっている。あそこにあるはずの、十階建ての、わたしたちが一年、住んでいるマンション。ない!

智洋は、忙しなく見回した。

ウチだけではない。他のマンションも、ない。いや、あるのもある。でも、あるものがない。この道の両側に、えっとぉ……どんなふうに建っていたっけ。

智洋は、見慣れたはずの風景が再現できないことに焦りを感じた。

だけど、もっと建物、あったはず。もしかしたら、場所が……移動したのか。眩暈、失神……で、フラフラしていた?

智洋は、動いた。足を交互に出す。彷徨う。自分の記憶にあるはずの光景を求めて。