【30日】 

翌日の退院に向けて、溜まった私物を家族に持ち帰ってもらった。いよいよかと思ったら嬉しいを通り越して緊張してきた。

不安は数え上げたらきりがない。一番の不安は、まだ多く出てくる痰だ。リハビリ病院でも吸引してもらえるという話だったが大丈夫だろうか? 人工呼吸器は取れたが、私の喉は穴が開いたままだし、足首も固まったまま。こんな状態でリハビリができるのだろうか。そして私は歩けるようになるのだろうか。

最後のリハビリとして、療法士さんが大きめのシャツを持ってきてくれた。サッと着替えができたから、手のほうはだいぶ回復したとみてよさそうだ。

「ボタンははめなくていいですよ」

そう言われるとやってみたくなって、ワイシャツと同じサイズの小さいボタンもきっちりはめてみせた。きっと、私はドヤ顔になっていたはずだ。     

明日転院する病院はリハビリの一環として、夜はパジャマに着替え朝は私服に着替える。緊急入院してから薄茶のチェックの病院着しか身につけていない。それも自分で着替えたことはなかった。娘には、大きめで伸びる素材の服を用意してほしいと注文を出した。

夕食は食べられなくて、緊張で寝られずに朝を迎えた。

【31日】 

朝になっても食欲はなかった。手伝ってもらい1か月ぶりの私服に着替えた。迎えに来たストレッチャーに乗ったまま介護タクシーで移動する。1月31日真冬だ。車は病院の玄関前に停まっている。外気に触れるのは1分もない。それでも私はダウンを着込みストレッチャーの上から毛布が掛けられた。いくら何でも大げさではないかと思ったが、病人のハンデがあれば仕方がない。

ストレッチャーが外に出た途端、私の顔を冷たい空気が包み込む。

「寒くない?」

娘が心配したが、実を言うと寒さなんてまるで感じていなかった。外の空気はひんやりとして爽快で、ちょっと感動すらしていた。