私は初夏のまばゆい光を避けるようにドアを閉めて、パジャマに着替えてそそくさと眠りについた。やっと寝ていたら、また携帯が鳴った。今度は雄二だった。時計を見ると朝の10時。3時間くらいは寝たが寝足りない。

釣りに行かないかという電話だった。まばゆい海がまばゆすぎる寝不足なので、断った。夕方5時頃までグダグダ寝てたらお腹が鳴った。さあ起きるかと思ったらドアベル。雄二が魚を下げて来た。入るなりクチナシの香りに気づき、誰か来たの、と聞いた。で、話した。

彼は一応話を聞くと、「知らない男は部屋に入れるなよ」と言った。私はそんなん私の勝手じゃ? と思ったが、黙って流した。雄二は魚の鱗を取っている。私はシャワーを浴びることにした。

「どうする? 煮付けるか?」

髪を拭きながら、何だか聞くとクロダイだと言う。

「刺身で食べない?」と言ったら、いいよという返事。お造りは彼はお手のものだ。冷蔵庫にはビールもあるし、酒もある。磯部さんに申し訳ないなあ。その夜は雄二はしつこかった。

私はなんだかひんやりとクチナシの気分だった。卵の殻が割れないまま、もう2ヶ月もたった。磯部さんは私と違い、だいぶ禁酒が楽になっているようだ。就職活動も始めている。夏はビール! とどこにも宣伝がある中我慢して企業訪問をしている。

私のレストランは盆休みがあり、私は久しぶりに母さんの墓参りに福井に行こうかと思っている。雄二と一緒に行けたらいいが、盆休みは取れるのだろうか。福井の盆送りの灯籠流しを雄二に見せたい。亡くなった母さんも帰ってくる盆、雄二に会わせたい。

実はそれよりもなによりも、一人で健一君の家に泊まるのが不安だった。何年も昔の事なのに、あの恐怖と信頼を裏切られた怒りは、誰にも話せない秘密として私の心に残っている。健一君は長男なので、お墓を守り、お仏壇も母の兄にあたる彼のお父様と母の戒名まで入れてお祭りしてくれている。

彼のお母さんは痴呆症で施設に入っている。私の家にはお仏壇もなにもない。奥さんの貴子さんに連絡したら、お盆は電車も道路も混むから長めに休暇取ればと、親切に言ってくれた。鳩山さんに聞いてみたら、8月10日から休暇を取れることになり、帰りも8月の17日でいいということだった。

雄二は行かれないと言ってきた。築地の夏は腐る魚も多く、どうしても里帰りしたい人が多くて、彼が1週間の休暇を取ることは無理だということだった。ニャンの面倒は舞ちゃんがたまに来てみてくれることになった。

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