内藤は小絵にもスコッチの入ったストレート・グラスを渡すと3度目の乾杯。

「聞いてくれる? 俺、見たんや、昨夜。桜吹雪の下で社長が微笑んでてな。そのときふと浮かんだんや、写真をデジタル化していくと技術を飛び越えて〈ライブ感〉が大事になるって。本心言うと、デジタルがこれからどう写真を変えていくか不安だったんやけど、なんか道が開けてきたというか、吹っ切れた気がする。写真のテーマが見えてきて」

先ほどまでビルの谷間の空を見上げていた様子の小絵が内藤に言った。何事にも突っ込んでくる(たち)は健在。

「ライブ感なんて言われても私には意味わかんないわよ」

すかさず真由子がまとめる。

「演出の問題なんだわ。それってきっと、時代は絶えず移り変わるし、お客さんが撮影現場で楽しさ全開って気分になるように配慮するということね」

「写し方も変わるってことよね」

小絵がまた突っ込む。真由子は内藤の後見人のように振る舞うこともあるが、この3人のバランスは良い。民主主義よりスピード感がある。

「内藤君、それは夢のなかの話でしょ。でも、空っぽな瞬間に思い浮かんだりすることって大事よ」

小絵は拓史から影響を受けたのだろう、最近ウィスキーが飲めるようになってきた。

「昨日、鶴舞(つるまい)公園で桜並木をバックにランドセルの小学1年生をロケ撮りしてたからやろうな。そこに社長も小学生と一緒に桜吹雪を浴びながら立っとる。何かを語ろうと口を動かしてるけど聞こえない。僕は笑って応えただけやけど、昨夜の夢、そんなんやった。ほんで、急いで起きて手帳にメモったんやけどそのメモが傑作で、ミミズが這った痕みたいな字で何書いてるかわからへん」

「拓史社長とあなたのお父さんがかぶってるんだわ。夢って素敵ね。でも、私の心配はね、フィルムを捨ててデジタルカメラにするのはいいけど、お金かかりそうってこと」

「小絵ちゃんはデジタルカメラ嫌いだしね。心配してるわけ?」

「いいえ、コンピューターね。私、あれ苦手なんよなあ。私はフィルム・カメラでいくよ。ライカで仕事する」

「真由子の意見は?」

内藤の問いに、めったに考え込まない真由子が、脚を組み替えながら思案げな表情で、

「写真が紙の上から飛び出すと可能性はいっぱい広がるけど、ただの電気信号になってモニターのなかに閉じ込められてしまうのね。なんか罠にハメられたみたい。それって切ないわ。もちろん、風間がやりたいデジタル・チームも応援するけど。とにかく、両方したらいいのよ」

「いまから思うと懐かしいよな、去年の研修会が。あのときの社長の姿が最後だったもんな」

「社長が語ってたよね。いま見ているこの風景も幻想なんだって。だから、何でもありよ」

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