第二章

健太と出会ったのは、二〇一一年十二月。前の職場での、忘年会の日だった。小児科病棟の看護師、元村さんと仲良くしていた頃だ。

彼女は金髪に近い茶髪で、つけまつ毛もしていたりして見た目は結構派手だったけど、仕事はきっちりこなすタイプ。私以外の小児科医からも信頼されていた。最初からウマが合って、入職後すぐに親しくなった。よく二人で飲んで帰ったものだ。

職場からの帰路、最寄りの電車駅周辺に飲食店が集まっているエリアがあって、居酒屋以外にスナックやバーも結構並んでいた。最寄り駅は海沿いから内陸方向へ電車で一駅の場所。そのエリア自体広くないし小規模なお店が多くて、アットホームな雰囲気が私は好きだった。その一角にある「BARhome」が、私たちの行きつけだった。

店名の通り自宅のように居心地のよい空間で、五十代後半のマスターが一人で切盛りしていた。白髪交じりの短髪で、目尻の笑い皺がとても魅力的な彼。いつも穏やかに、私たちの騒がしい話を聞いてくれていた。忘年会のあとも、二人でマスターに会いに行った。その日は快晴だったから夜はよく冷えた。元村さんと腕を組んで温め合いながら、慣れた道を歩く。

「先生、寒いね……」

「そだねぇ……ケチらず、タクシーに乗ればよかったぁ」

ようやく駅近くにさしかかると、さすがの忘年会シーズン、平時の倍以上の人がいる様子が見えた。道端で二人の世界に入り込んでいるカップルや、ネクタイを締めたサラリーマンの集団、合コンらしき男女のグループ……色んな人たちでにぎわっていた。歩道の木々にはイルミネーションが施され、寒さに悪態をついていた私たちも、少し心が躍った。

人混みを抜け見慣れた吊り下げ看板が見えた頃には、酔いがすっかり醒めていた。木造の古民家風の外観。イルミネーションの明かりとは対照的に薄暗い店内。中の熱気で少し曇った小さな窓から中の様子をうかがうと、ボックス席は満席のようだった。

ダウンライトに照らされた入口の木製ドアには、シンプルなクリスマスリースがちょこんと飾られている。ドアを引くと、ぬるい空気と雑多な匂いに包まれる。同時に、足元からは冷気が店内へスッと流れ込み、元村さんを先に入らせて急いでドアを閉める。カウンター五席とボックス席が二つ。カウンターは空いていたが、やっぱりボックス席は満席で、色んな会話が飛び交って楽しげににぎやかだった。スピーカーから申し訳なさそうに流れるジャズは、すっかりかき消されていた。

カウンター席に座り三十分ほど経過した頃、元村さんが「ヤバっ」と言って携帯を取り出した。

「同期の男子と二次会で合流しようって言っていたの、忘れてた。呼んでもいい? 」

「ナースマンかぁ。どんな人? 」

「うちの外科病棟の看護師。歳は私と一緒で先生の二つ下かな。病棟の中で男性看護師は一人なんだけど、女性の中にいても、全然問題ない感じだから。ね、いいでしょ? 」

彼女は私の腕を掴み、片手を顔の前で上げて“ごめん”のポーズ。元村さんとのデートを楽しみたかった私は、内心、渋々了承した。