「ねぇ里美さん、優子は最近『マ』とか『そマウザ』とか今どきの言葉をつかっているけど、どういう意味なんだろう?」

キッチンで食器を洗う里美が動きを止め、顔だけを純一に向けた。

「聞きたい? 聞かないほうがいいかもよ」

「なんで?」

「『マ』はマジの略。パパがいるよ、マジ! ってこと。『そマウザ』は、それマジウザい! ってこと。パパも『優子ちゃん』はやめたほうがいいよ、年頃なんだから嫌われるよ。それと一ミリもおもしろくない冗談もね」

純一は「こんなに好きなのになぁ」と自分の想いが伝わらないことに少しへこんだ。

四億を神様にお願いしてなにに使うかだ。人間の五欲を検索したら、食欲、睡眠欲、それといちばん抑えられない性欲、あと名誉欲と財欲。この五つが人間の基本的欲望ってことだろ。

食欲、これがなかったら死んでしまう欲望。でも、それは美味しいものを毎日食べたいと思うことか?ただ腹が減ったからエネルギーが欲しいと感じることを食欲というのだろうな。

人は欲深いから、どうせ腹に入れるのなら美味しいもの、僕も当然そう思う。そうやって生活習慣病になっていくのがオチだ。

神様が欲深い人間にはそれなりの代償を与えているのかもしれない。

ん? 神様。さっきのお婆さんのことか。そこまで考えているようには見えないけど。

だいたい、今のように腹が減っているときはなにを食べても美味しいもんだ。ありあわせの食材で作ったカレーでも満足する。

世間でいう美味しいものを食べたとしても、味の記憶って、意外と残らないんだよなぁ。あのとき、あの場所で美味しい物を食べた、という記憶は残っても、それがどんな味だったかなんて、覚えてない。食欲なんてそんなもんだ。

ほかのことにお金を使おう。四億円もあるんだから……。時計の針が夜の十一時をまわった。純一はダブルベッドに横たわり、白く光るシーリングライトを見つめている。かと思えば、突然体を横にして、落ちつきなく枕を抱きしめる。

少し開いた窓からは、若葉と土の香りが吹き込み、カーテンの裾が木目の床を優しく撫でていた。

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