更に25分以上も羞恥に耐え、やっと家の門に着いたところで清美は、父親の栄介に出会った。彼は、「お帰り」と言いながら清美を一瞥しただけで、無表情のまま、また出かけてしまった。清美も無関心の上に鈍めの父親に細かいことを話しても無駄だと思って、「ただ今」と答えただけで家に入ってしまった。

栄介は、子供のことについては無関心で、母親の道子の洗脳を受け、言いなりになっているが、自分自身の親や弟達のことになると怒り狂って大変な暴力夫に様変わりする。道子に口で負ける代わりに、物を投げつけたり、素手や箒で道子を殴りつけたりするのである。時には運悪く、血を見ることもあるし、炊飯器その他の台所用品が使えないくらいに破壊されることもあった。

兄達が高校生くらいになるまでは、こういった二人の怒号飛び交う暴力沙汰が、度々子供達の目の前で繰り返されていたのだが、清美は、自分が6歳の時の二人の大喧嘩をよく覚えている。

当時10歳の長兄の高太郎に清美が喧嘩を止めてくれと頼むと、「放っておけば良い。そのうち疲れて止めるさ」と無関心であったし、当時8歳の次兄の信二は、「お父さんとお母さんが喧嘩しているよぉ」と言いながら、大きな目から涙を流して泣き伏していた。

兄達が二人とも止めようとしないのを見て、清美は、まだ6歳ながら止めに入った。暴力的な喧嘩をしていること自体も良くないし、家財道具が次々に壊れていくのも見るに忍びなかったのである。清美は涙を見せることもなく、物を壊すのは勿体ないから止めて欲しいと父親に言った。

父親の栄介は苦笑し、母親に2度ほど何かを投げつけて、その喧嘩は終わりになった。二人の兄達の性格も良く現れた一件だったと、清美は今でも(たま)に思い出すのだった。