翌日、省吾は仕事を終え、携帯エアリーを持ってマルチアパートに行ってみた。
「ごめんくださーい！」
奥から管理人がゆっくりと出て来た。
「いらっしゃい」
「あの、御無沙汰しています。僕のこと、覚えていますか？」
「もちろんだよ。どうだった？ 携帯エアリーは」
「はい。大変役に立ちました。エアリーのおかげで容疑者の気持ちがわかり、冤罪も防ぐことが出来ました。本当に管理人さんに感謝です」
「それで、今日はどうしたんだい？」
「はい。大変申し上げにくいのですが、僕は刑事を辞めることにしました。それで、代わりに他の刑事たちがエアリーを欲しいと言ったので、まだわかりませんが、皆でお金を出し合って僕のエアリーを買い取ってくれるようなんです」
「それで、私に何をしろと言うんだい？」
「あの、ローンの残りをみんなから集めたお金で一括で払うということと、修理のお願いと今までに使ったことのない機能についてご説明していただきたいのですが」
「うん。ローンのお金は一括で払ってくれるんなら無利子でいいよ。修理は私でも出来る限りは直すよ。それと、使ったことのない機能か。うーん」
「もうないですか？ 人の心が読めるボタンと、臭いで食べたものがわかる機能と、解決方法と、巻き戻しと、ドッグの部品に臭いや空気を記憶させてドッグを空へ飛ばす機能、ドローンのモニター、GPS、それと海にも潜るんですよね」
「テレビ電話の機能は使ったことあるかい？」
「えっ？ テレビ電話ですか？」
「うん。普通のスマホから通話も出来るし画面も映るんだよ」
「へぇーー、リモートか。じゃあ、僕が静岡へ行ってもテレビ電話で刑事仲間と連絡を取り合って、話すことが出来るんですね」
「もちろんだよ」
「わかりました。ありがとうございました。みんな喜びますよ」
そして、帰り際に、「あっ、そう言えば、あの、どのくらい前かな？ 一カ月くらい前だったかな？」
「えっ？」
「相田さんの友達だっていう若……」
「若宮ですか？」
「そうそう。その若宮さんが来てね」
「ああ、携帯エアリーを貸してほしいって言いに来ましたよね」
「ああ。でも、私は貸さなかったよ」
「えーーっ？ そうだったんですか」
「貸したくても、彼は殺人に関わってるよね」
「は、はい。それで貸さなかったんですね。でも、若宮は自首して来ましたよ」
「そうか。うーーーっ、それがね、私のエアリーでわかったんだが……」
「どうかしたんですか？」
「これを見てくれ」
管理人は自分のエアリーを持って、その時の若宮の心の声を省吾に文字で見せた。
《俺は取り返しのつかないことをしてしまった。自首したくても集団に関わっていることだ。どうすればいいんだろう。俺たちは人殺しだ。これからの人生、どう生きて行けばいいんだ。省吾も間違いなく気づくだろうな。いや、気づいてほしい。省吾、俺を捕まえてくれ！ 俺は人殺しなんだ。お前のように誠実で人の役に立とうとする人間じゃないんだ。卑怯者だ。俺を責めてくれ。罵ってくれ！ 友達であろうと親友であろうと躊躇なく捕まえてくれ！ 俺は最低の人間なんだ》
省吾はこれまでの若宮の行動を振り返ってみた。そして自分を恥じた。
――若宮は冬彦と俺と三人で飲んだ時からもう既に捕まることを覚悟していたんだ。そしてわざと自分の事務所の屋根裏の手袋や縄が置いてあることを教えていた、そこまではわかっていたんだ。
しかし、大木の遺体のことは若宮がエアリーを管理人から借りて事務所の人間が心の声で言ってたということにして、わざと大木の使い古しのバッグを俺に渡したんだ。あのバッグは若宮が持っていたものだったんだ。エアリーのおかげなんかじゃない。探したのはドッグでも、若宮が自分で大木の遺体が見つかるように俺に電話してきたんだ。
省吾は座り込んで呆然とした。自分の洞察力のなさと情けなさ、若宮にカップラーメンを差し出すことで自分が善人にでもなったかのように自画自賛していた自分が恥ずかしくなった。紀香と刑事仲間が若宮を疑っても上手く逃げて捕まらなかったのは、省吾に気づいてほしかったからだ。他の刑事の手柄にしたくなかったというのが本音だろう。それも確かなことはわからないが、きっとそうだと省吾は思った。
