私の直属の上司はベテランの女デザイナーで、立石美和子という。美和子は四十代半ば、背は百五十センチくらいの白髪が何本か混じった黒髪を後ろで縛っている。性格はかなりきつかった。表情はいつも穏やかにしているが、指示はすべてメールでのやり取りだったため、冷たい印象がある。

研修後、美和子の元で働き始めた頃メールで送られてきた指示を読み違えたことがある。これまた日本語のややこしい部分で、読み手によっては二つの意味に分かれてしまうため、私は勘違いをして美和子が求めるものに答えられなかった。

お互いに理解できているものと思っていたのでそれに気づいたのは一日が終わった時だった。

時間を無駄にしてしまい、何とも言えない気まずい雰囲気が流れて私が謝らざるを得なかった。会話があれば認識のズレも解消できたのかもしれないが、メールという文章でのやり取りによって生じた小さなすれ違いに、今後が不安になる。

美和子なりに「言った」「言わない」の問題を防ぐため、メールをコミュニケーショ__ンツールにしていたのだ。それでも美和子の仕事ぶりは効率よく取引先相手と円滑に業務を進めていて、さらに結果をきちんと残すところは尊敬に値した。

私はひたすら雑用をこなしながら、美和子の指示に従って働いた。

一か月が過ぎた頃、明日から施工に入るという段階で取引先が進めていた提案書の変更を申し出てきた。もっと早くに言ってくれれば対応できたというのに、すべて資材等を発注した後のことだった。

これには美和子も焦りを感じ、なんとか変更せずに進められないかと交渉をしたが、取引先は受け入れなかった。美和子の苛々は絶頂で、その矛先は私に向いた。

毎日、業務内容に小さな綻びを探しては怒鳴り散らし、憂さを晴らした。尊敬のあまり自分が悪いのだと言い聞かせたが、これまでの美和子と別人のような豹変ぶりに、父が重なって見えた。

家に帰ると決まって、ビール缶一本とコンビニで買ったササミのサラダを用意してから反省会を開く。自分に足りないものは何かと注意されたことを思い返し、対策を練る。就寝前に自分を奮い立たせることが日課になっていた。

少し真面目過ぎたのかもしれない。取引先に新しいデザイン企画をプレゼンすることになり、美和子の話に合わせてパソコンに打ち込みながら、前日に渡された資料のデータをスライドで見せていた。

予算についての話になった時、その部分の資料の一切が抜けていることに気がついた。先方からはデータで送っていただければ問題ないと言ってもらえたので、ことなきを得たが美和子は不機嫌だった。

美和子が私に渡したデータの中に、すでに予算案が入れ忘れられていたのだが、それを見落とした私のせいだと叱った。優秀なベテランデザイナーとして働いている以上自分のミスを認めたくなくて、普段から社長に報告する時も美和子は私のせいにした。

それも私が側で聞いていることはお構いなしに告げ口をするのだった。

胃が急に痛みだし、込み上げてくるものを抑えきれずトイレへ駆け込んだ。理不尽に怒鳴られ続ける日々に、ミスまでも責任転嫁されたことが重なってのストレス性胃腸炎になってしまった。

トイレから戻る時佐々木とすれ違ったが、私たちは声も掛けず目を合わせることもない。

佐々木は、社長が口を酸っぱくして言っている「仕事もプライベートも一緒にしてみんなで頑張ってほしい」という言葉を忠実に守り、業務でどんなに帰宅時間が遅くなろうと同期や上司たちと毎晩飲みに行っている。体力も気力もある佐々木に対して、私にはそこまでの体力はなく飲み会には参加しなかったので同期から浮いていた。

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※本記事は、2021年10月刊行の書籍『拝啓、母さん父さん』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。