綾子さんはどこに?

「やめてくれ。恥ずかしい」

「善くしてもらったんだから、私も会って御礼を言いたいのよ」

母が倉沢綾子の家に行く、来なくていいという押し問答は、バスに乗ってからも続いた。俺としては、女友達に会いに行くのに、母親に付いて来られるのは絶対に困るので─恥ずかしくて仕方ない─、もしどうしても倉沢の家に行きたいのなら、別の日にして、一人で会いに行ってくれ、今日は俺一人で会いに行くと、強硬に主張した。

結局母は折れて、別の日に倉沢綾子の家に行くことになった。母とは駅で別れ、俺はバスを乗り継いだ後、西武線に乗って所沢駅を目指した。倉沢綾子に会ったら、礼だけ言って直ぐにさよならし、二、三日実家で過ごしてから、山部に会いに行くつもりだった。途中で、短い寮生活を送った、思い出の駅に電車が停まった。

高山は、何をしているだろう。倉沢綾子の手紙には、藤谷とは別れたと書いてあった。二人の間に何があったのか。でもそんなこと、もうどうでもいいことだ。そう思ったのに、高山と一緒に、藤谷の家に遊びに行ったときのことを思い出して切なくなった。今この駅で降りて、藤谷に会いに行ったとしても、彼女は迷惑に思うだけだろう。ドアが閉まって、ゆっくりと電車が加速していくとき、見覚えのある街の風景を窓ガラス越しに見ながら、「じゃあな」って呟いた。もちろん返事なんて返ってこない。

倉沢綾子の家は、駅から歩いて十五分くらいだと地図に書いてあった。そしてその地図が上手く書かれていたことと、俺自身が元々地図を見て目的地に行くのが得意だったこともあって、彼女の家を探し当てるのは簡単だった。

呼び鈴を鳴らすと、直ぐに玄関の開き戸が開いた。出て来たのは二十歳くらいに見える、綺麗な女性だった。俺の記憶が正しければ、倉沢綾子は十八歳になったか、なろうとしている高校三年生のはずだ。何だか浦島太郎にでもなったような気分だった。でも女っていうのは、化粧しただけでも随分変わるらしいし、一年以上会っていなかったのだから、元々かわいい顔をしていた倉沢綾子が、誰だか分からないくらい綺麗になっていたってちっとも不思議じゃない。

「島洋二郎君ですか」

声を聞く限り、倉沢綾子ではなかった。

「はい」

「姉のミユキです」

「え? あっ、あの、綾子さんは……」

「どうぞ、入って」