机に向かい座っていても、開いた教科書のページをめくる事もなく、何かをノートに書くわけでもなく、右手でただボールペンのノックをカチカチしている。僕のうわの空の状態は、どうやら母にはバレているようだ。

本来なら来週からの春休みが、今年は暦の都合で今週末から始まり、ほんの数日だけ長い春休みになる。

これでも一応机に向かい『未来を考える』という、子供達に課せられた【仕事】をしているのだ、と僕は言いたかった。

母には今、子供が休みの間にのらりくらりと、ただ息をして時間を持て余しているように見えているのか?!と、僕はチッと顔を歪めた。

母の由美は四国の愛媛県出身で、実家の祖母は米や野菜、みかんなどを育てて出荷しながら生計を立てている。時々、僕の家にも季節の野菜を送ってくれる。 

ただ、いくら近所の人達に手伝ってもらっているとはいえ、祖母一人では大変だろうなとは思っていた。

「じゃぁ、そういうお母さんが行けば?」

敢えて母を見ずに、僕は椅子に座ったまま両手を万歳して、のびをしながら言った。

「私は思い付けばいつでも行けるでしょ。でも将太は今年から塾や試験で、今までよりもっと身動き取れなくなるわよ」 

母の言う事も一理あった。 今春から中学に上がる僕は理数が得意で、同級生と同じ近所の中学ではなく、隣街の進学校へ通う。

卒業式の前の日、クラスメイトの形式的な送別会に誘われたけど、こっぱずかしさと送別という響きに皆んなとの妙な距離を感じて、何となく断った。 

学校が変わっても、今までの友達と会えなくなる淋しさよりは、また一から友達を作らなければならない面倒臭さや、他校からもやってくる学力の高い同級生達に対して、今までと同じ勉強の仕方ではマズいだろうな……、とか、十二歳の春休みをどうやって過ごそうかと、色んな意味であれこれ考えていたところだった。

僕は暫く考えて、「じゃぁ……、行ってみようかなぁ、おばあちゃんの所」

「うっそ?!  ホント?!」

物凄い速さで立ち上がった母の手にはもう、受話器が握られていた。