「重太郎さん、こちらのほうは初めてでござんすか」

重太郎が声を発しないでうなずくのを横目で見ながら、重太郎に果たしてどれくらいの技量があるのか、身のこなしから相当に腕が立つのはわかるが、まだ、若いし、物事は一丁縄手にはいかぬ、そこのところの技量が計れないのだ。

吉三は一年ほど前に坊の入り江の吹という村に立ち寄った際に嵐に会い、そのときに巨大な異国船が入り江に座礁したのに行きあったという話をしながら、吉三は海岸線のはるか向こうを指して、

「あの霞んで見えるのが坊の岬ですな、その手前にある山が鷲の嘴みたいなので鷲の嘴と呼ばれています。その少し手前に建物が見えると思いますが、あそこが疾川の河口ですな」

二人の目的は疾川の河口にある海防番所を訪ね、最近起きた番士の行方不明事件のことを聞くためである。吉三はその事件が抜け荷と関わるのではと疑念を抱いていた。

それはごく最近に起きた事件で、疾の番所から巡回に出た舟が、天候が急変して海が荒れたというわけでもないのに、帰還しないことがあったのだ。番士の行方不明は以前にもあって、そのときは天候が急変し海が荒れたためということになったが、今回は海が荒れたわけではなかった。

その後、坊の入り江の北岸に繋がる鷲の嘴と呼ばれる突端で、番士の遺体が見つかったのだ。その遺体が異常で、鉤裂(かぎざ)きと鉄砲傷があったことから、何かの事件に巻き込まれたとは容易に想像できた。