綿づくり

子どもの頃、学校から帰ると

「ちょっとそこの角の綿、押さえて」

などと言われ、綿づくりを手伝うことがあった。綿づくりとは布団を作ることである。布団に木綿綿を使っていたあの頃は綿の打ち直しもあり、綿づくりは毎年秋の初めの大仕事だった。

女子高時代の女性の先生方も、綿づくりに苦労されたらしい。担任は家庭科の大林先生だった。女のお子さんが一人いた。時折ホームルームで気軽なおしゃべりをした。

「女性にとって先生という職業はいいわよ。お給料は男女差がないし、長期休みもあって、家事にも助かるし」

大学に行く予定も、先生になる予定もなかった私は「調子のいい先生ね」という気分で聞いていた。

数学の山野先生は丸顔にお鼻が少し上を向いていて、おしゃべりが楽しい先生だった。

「女の子って面白いね。私は洗濯をする曜日を決めているのだけれど、娘はその日を自分のカレンダーに丸を付けているの」

などと、授業中に娘さんの話をされたことがあった。

そんなお二人の綿づくりの話である。

大林方式「夏休みに朝早く起きて涼しいうちにやってしまうことよ。暑い最中に綿なんていじっていられないわ」

山野方式「綿づくりなんていつやったって暑いんだから、夏休みにね、思いっきり汗をダラダラかいて、一番暑い最中にやるのよ」

私たちは「性格の違いね」と笑って聞いた。

還暦も過ぎ、桜の下を一人歩いていて、ふっと思った。お二人の言葉は、女性が働き続けることが大変だった時代に、布団づくりから子育てまでをこなした、女たちの言葉だったのだと。働く女の努力の一片を、それとなく示したのではなかったかと思う。

時代が変わり私は綿づくりをせずにきた。でも働きながら子育てはした。やっぱり曜日を決めて洗濯をした。土曜、日曜と、水曜の夜である。

お二人は、後輩の女たちにエールを送りたかったのだと、今になって思う。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『午後の揺り椅子』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。